2019年06月20日

社内メルマガ アクティブ流 7月号 生活シェルパ アン・ツェリンさん「モットーは『わからない。でも「やってみる!』〜自分にとってこの仕事は冒険〜」後編

前編の記事はこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/185900193.html




仕事の魅力、やりがい


その1


やっぱり喜ばれることですね。

利用者さんは色々な喜びを見せてくれます。

身体が元気になって喜ばれる、ご家族が介助を覚えることが出来て喜ばれる、料理が出来るようになって喜ばれる・・・様々です。

中には訪問に行っただけなのに大喜びされる利用者さんもいます。


その2


利用者さんと一緒に楽しめることも魅力だと思います。

アクティブに入社した秋のアクティブクラブが屋外でのバーベキューでした。

普段のデイサービスは事業者内の空間か事務所周辺を歩く程度ですが、アクティブクラブの活動場所は自然あふれる屋外でした。


今、思い出しても楽しくなります。


中でも印象的だったのが歩行に不安がある利用者さんのことです。

アクティブクラブに参加後、人が変ったように「私大丈夫や」と言い出し、お孫さんの卒業式に歩いて行き・・・そしてデイサービスを卒業していきました。


利用者さんが自分で自分のことが大丈夫と思えることは、なかなかありません。

一緒に喜んで楽しんだ出来事でした。



仕事をするうえで大切にしていること、心掛けていること


やっぱり手を抜くことかな?全ての仕事を全力投球していたら身体が持たないでしょう。

プロ野球の投手がすべてのイニングを160キロで投げ続けたら肩を壊して引退でしょう。

少しでも長く続けようと思ったら手は抜かなないとね。


どのようにして手を抜くかも大切ですね。

40分のリハビリを10分で終わるわけにもいかないし、話すばかりで終わるのも苦情がでるし・・・


アクティブに入社した頃、リハビリの希望としてマッサージが多くてビックリしました。

ケアマネさんにもしっかり施術して下さいって言われるし・・・マッサージを40分ってつらいですね。

音としてはマッサージ師に頼んでよと心の中で叫ぶけど聞いてくれたことないしね。

そこでどうやって手を抜くか?


家庭用マッサージ器を持ち込もうと思ったけど、それもどうかと思うし・・・やっぱり自分の手を使うしかないわけで、考えに考えて手の摩擦係数上げてみたら楽になるだろうと考えました。

何で摩擦係数あげるかというと野球選手や体操選手が使うロジンバッグを思いつきました。

でも白い粉が利用者さんの服に着くし、それに代わるものを探しに探したらありました。

PD9液体チョーク!!ポールダンス用の滑り止めとしてAmazonでも買えます。


無色透明で手に付けたときもサラッとしている割に摩擦力は確実に向上します。

よってマッサージも楽ちんになりますね。

素手で頑張ったらしんどくて仕方ないよね。

やっぱり手を抜かないと・・・機会があれば試してみて!


家庭と仕事の両立の秘訣は?


家庭と仕事の両立はしていません。殆どが妻におまかせです。


私がしているのは@洗濯A光熱費などの家計管理B掃除(主に風呂と家まわり)Cゴミの分別とゴミ出しD子どもがクラブで遠征したときの車での送迎E子どもの通院・・・あ〜書き切れない!!とにかく両立している実感はありません・・・以上。


生きがい


これはいちばん難しい質問かもしれません。

ある人物のことが思い出されます。

その人とは故・植村直己という冒険家です。

43歳のとき冬季マッキンリー単独登頂に成功し、下山途中で消息を絶ちます。

彼が冒険、登山を始めたのは大学生のときで、それから卒業後も就職もせずに冒険に打ち込み29歳で世界初の5大陸最高峰登頂者になります。

そして結婚して家庭を持ちますが冒険を止めようとはしなかったそうです。

周囲の反対を押し切って北極圏を犬ぞりで冒険したり、冬季エベレストに挑んだりと全く止める気配はなかったと言います。

そんな周囲が反対する中、植村の発した言葉が印象的でした。


「生きている実感がほしい」


5大陸の最高峰に立てたことでも十分だと思うのですが、なかなか生きている実感まで辿りつかなかったのでしょうね。

私はこの仕事を通して冒険していると思っています。

今は地域という樹海を冒険しています。

楽しいことも沢山あるのですが、生きがい、生きている実感までは辿りついていません。

だからこの質問は模索進行中というところでしょうか?


モットー


座右の銘という解釈で書いていきたいと思います。


「分からない」ですね。


日本を代表する哲学者、西田幾多郎が発した言葉でも有名ですね。

大学の講義中に檀上を歩き回って、歩き回って「分からない」とだけ言って帰ってしまったそうです。

それだけ考えに考えていたのでしょう。

私もこの仕事をしていて「分からない」と思うことが多々あります。

でも諦めの分からないではなく、探し求めての分からないだと思っています。

だからその後に「でもやってみる」が付きます。


「分からない、でもやってみる」そしてそれを出来るのは応援してくれる会社環境のおかげだとも思っています。

ところでこの「分からない」と発している人が身近にいますよね。

当社のメルマガ創刊号を参考にして下さい。

きっと頼もしい言葉にも思えるはずですよ。


創刊号の記事はこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/180330348.html


詳細はこちら→http://active-nopsj.sakura.ne.jp/sblo_files/active-nopsj/image/E697A5E69CACE8A8AAE5958FE383AAE3838FE38393E383AAE38386E383BCE382B7E383A7E383B3E58D94E4BC9AE6A99FE996A2E7B4992017E5B9B43E69C88E58FB7.pdf


今までOTをしていて良かったと思うこと


今まで精神科、回復期、地域と勤務してきました。各々で感じた良かったと思うことをお話ししたいと思います。


〜精神科〜


とにかく患者さんに優しい人に沢山出会えたことが良かったと思います。

精神科に就職した頃はまだまだ偏見の目が強く、「精神科=怖い人」という考えが定番でした。

それに負けることなく皆で患者さんを応援していました。

職種の垣根を感じることなく、本当に皆で患者さんを応援していました。

先日、以前勤めていた病院の患者さんの今の生活について知る機会がありました。

陽性症状が強く、生活能力もあまりない患者さんで長期入院だったのですが生活訓練施設ができたことをきっかけに退院したとのことでした。

その背景には長年、その患者さんを支え続けた看護師さんがありました。

誰もが匙を投げた患者さんだったのですが、その看護師さんは出来ると信じて優しく支え続けたことは十分に想像がつきます。

そんな優しい人が本当に沢山いました。いい出会いがあった職場だと思います。


〜回復期〜


ここでは大きく変わって病院が儲かる仕組みが良く分かりました。

回復期では患者さんは元気になって退院していく姿は本当に感動的でした。

しかし、その裏ではしっかり経営管理された儲かる仕組みも強固なものでした。

精神科はどちらかというと優しさと使命感の塊でしたが、回復期は儲け第一という雰囲気でした。

病院も儲けを追及しないと倒産してしまう時代なので経営管理の大切さはよく分かるのですが、私には馴染めませんでした。

でもそんな相反する世界を体験出来たことは良かったと思っています。


〜地域〜


訪問の仕事になると自宅にお邪魔することになります。

その人なりが見えてきます。

その人の歴史をみることで、なぜそうするのかという理由もみえてきます。


よく利用者さんのご家族からのニーズとして「頑張って運動してほしい」という希望があります。

その言葉をかりて「頑張って運動しましょう」と言い続けていました。

そしたらその利用者さんは体調不良を理由によく休むようになってしまいました。

家族の頑張ってほしいという思いとは正反対の結果になりました。

決してきついリハ内容でもないのにと考えに考えました。

でも分からないままでした。


何か解決策はないかと考え、その利用者さんの生まれ故郷である金沢の生家を訪ねることにしました。

そして写真を撮って生家を訪ねたことを利用者さんに話ました。


そして、これまで頑張りに頑張り続けた人生をポツポツ話してくれるようになりました。

だから「今はゆっくりしたい」と話されたことが印象的でした。

それから「頑張って運動しましょう」を言うのも止めました。

そしたら利用者さんの方から頑張るようになり、休むことも無くなりました。

生活を知ること以上に人生を知ることの大切さを教えてくれた利用者さんでした。


このように色々な経験、出会いがあったことがOTをしていて良かったことではないかと思います。


当時の記事がこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/174709641.html


成功体験


近年、異常気象が続いています。

昨年、夏の台風は怖かったですね。

我が家の物干し場の屋根も飛ばされて壊れてしまいました。

大工さんがなかなか来てくれないので自分で修理しました。

とても満足しており、ここ近年では一番の成功体験だと思っています。


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《壊れた直後》


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《修理後》

「予防」ということについて、どのように捉えていますか?


思い浮かぶのは東京の日比谷公園で発生?した鉄棒クラブでしょうか?
健康な生活を続けていくために運動が自然に出来ることが予防始まりではないかと思います。

私たち療法士が利用者さんが住む地域に出張して体操指導しに行くような活動があってもいいですよね。
泉北版の鉄棒クラブのようなものができ上がっていけばいいなと思いますね。

日比谷鉄棒クラブの様子はこちら→http://www.ntv.co.jp/burari/071208/info03.html

若い経験年数の浅いスタッフに、一声かけるとしたらどのような言葉をかけますか?

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一声目は「利用者さんを心から思ってほしい」です。


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もう一声としてはこうなってほしくないと思います。

OTの仕事を一言で言うとしたら?


安西先生 道楽.jpeg

一言で言えば「道楽」です!!


インタビューを受けてみて・・・

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ワクワクしつつも限界も感じる取り組みでした。自分と向き合うのも程々がいいと思いますよ・・・ここ数週間で体重も減少しました。



▲キャリアインタビュー記事編集担当より

今回のインタビュー記事は一見すると、オモシロおかしい、ユニークな内容ばかりが目立つ感じもあるかと思います。
しかし実際に取材をさせていただいていると、その一つ一つの内容の奥にはとても深い考察が含まれていることを感じました。

後編記事後半の質問にある「若い療法士に向けた言葉」や「OTの仕事」に関する回答も一言で答えていただきましたが、『療法士として』の前に『社会人として』大切なことをまず学んでほしい。
社会人としての基礎を築いた上で療法士としての基礎を築いていってほしい、ということを強く話してくださいました。

私自身どう考えていけばいいかわからないケースを担当させていただいた時、即時的な効果が出せる方法や理論に飛びつきそうになることが今でもあります。

しかし絶対に近道はないのだと改めて教えていただきました。

イチロー選手が今年3月に野球界を引退されたのは皆さんの記憶にも新しいと思います。
そのイチローがある対談番組で、トレーニングで体を大きくし、それを活かすことが流行っている傾向についてどう思うかの質問に、「全然ダメ」と即答していました。

イチロー選手も過去にウェイトトレーニングをしていた時期があったらしいですが、必要以上に筋肉をつけるとバットスイングスピードが落ちたそうです。

そうした失敗を何度も繰り返すうちに無理な筋トレはかえって良くない、という結論に達したそうです。

インタビュアーからそうした失敗をしないための近道があるのではないか?と質問がありましたが、イチロー選手は「無理だと思います。失敗しないでそこにはたどり着けない。着いたとしても深みは出ない。遠回りすることはすごく大事」と話していました。

私たち医療、介護の世界では経験年数が10年、20年と積み重ねたら、自然と技術、知識が積みあがってくるのではないかと思いがちです。

しかし簡単な道は決してありません。
たくさんの挑戦と失敗を繰り返し、足場をしっかり固めていくことが、安定した地盤を作ることになり、利用者さんからも信頼される医療、福祉従事者になることができるのだということを今回の取材で学ばせていただきました。

◆インタビュー及び記事編集担当

心意気実践チーム&泉北事業所:室之園



参考文献

・作 夢枕獏 画 谷口ジロー 神々の山嶺 集英社

・井上雄彦 SLAMDUNK(スラムダンク)講談社

・森下典子 日日是好日 新潮文庫

・永崎裕麻 世界でいちばん非常識な幸福論 いろは出版

・金井壽宏 働くひとの人のためのキャリア・デザイン PHP新書

JDクランボルツ その幸運は偶然ではないんです! ダイヤモンド社

・三好春樹 高口光子 リハビリテーションという幻想 雲母書房

メールマガジン”アクティブ流”令和元年7月号 巻頭言 理学療法士(PT)の政岡徹則(まさおか てつのり)さん(吹田事業所主任) 「積極的に地域へ出て行き、アクティブの活動や魅力を発信したい」


皆さんはじめまして。理学療法士(PT)の政岡徹則(まさおか てつのり)と申します。簡単ではありますが、この場をお借りして自己紹介と決意表明をさせて頂きます。


私が2014年に大阪事業所に配属となってから5年目になりますが、今年の4月からは吹田事業所の主任として働かせて頂くこととなりました。よろしくお願いいたします。


私自身これまでの人生で吹田を訪れた事はほぼなく、縁もゆかりもない場所という印象でした。


7年前私がPT1年目の時に担当した重度片麻痺でリハビリに難渋し特に印象に残っている方のお宅に、吹田事業所の伊藤さんが訪問リハビリで行っているとつい先日知り、ご縁があったのだなと感じています。


私は平成元年5月生まれで、現在は令和元年。新天地での再スタートということもあり生まれ変わった様な気分になります。


出身は奈良県で今は高槻に住んでいます。趣味は海釣りとサッカー、フットサルです。


サッカーは最近全然できていませんが釣りは絶好調です。先日はメジロ、キジハタ、マゴチを釣り美味しくいただきました。特にマゴチは今が旬で美味しく天ぷらが最高なので皆さんもお店で見かけたら是非食べてみてください。


私のPT歴ですが、学校を卒業後は病院へ就職し3年間勤務しました。その間に急性期、回復期、維持期を経験することができたという事もあり、若い間に訪問も経験したいと考え転職先を探していましたが、最終的には当時学校の先輩が勤めていたアクティブへの就職が決まりました。


入職直後は「病院でしていたリハビリを家でするだけ。」という浅はかな考えでリハビリをしていたため機能的な部分にしか目がいかず、利用者様の活動や参加といった面には積極的に関われずに過ごしていた様に思います。


アクティブには新卒で入職された方も多数いらっしゃいますが、皆さんそれぞれの個性を生かし一人前の療法士として活躍されている事を考えると、訪問はベテラン療法士でないと通用しないといった考え方は間違っているのではないかと思っています。


実際私も以前の職場を退職する際に「もっと経験を積んでからの方が良い」と上司に反対されました。もちろん訪問する上ではリハビリの技術や医療、看護的な知識は必要不可欠ですが、何より型にとらわれない柔軟な発想やチャレンジ精神が重要なのではないかと経験を積む中で思うようになりました。そういった意味では、まだ経験年数の浅い療法士が活躍できる場であると考えているので、吹田事業所に勤務している3年目までの療法士の方にも積極的に経験を積んでいただき、一緒に頑張っていきたいです。


また、そうして成長した療法士の活躍の場を拡げるためにも、私自身が積極的に地域へ出て行き、アクティブの活動や魅力を発信したいと思っています。


吹田事業所の歴史の一部はブログを拝見し知ることができましたが、吹田事業所は軽部さんを筆頭にたくさんの方が携わり尽力されてきた中で作り上げられたものだと改めて実感しました。


吹田事業所に配属になってからまだ間もないですが、訪問においてもデイサービスにおいても利用者様からの信頼が厚いということを強く感じています。私が今、吹田事業所の一員として力になれることはまだ少ないですが、今後も利用者様に充実したサービスを提供し、地域の中核として認め続けていただけるように努力していきます。


大阪法人、松原法人の管理職の方々、また吹田初め各事業所の先輩の方々、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。


最後になりましたが、中原さん初め大阪事業所の皆さんには本当にお世話になりました。まだ大阪事業所で担当させて頂いている利用者様がおり、今後も顔を出すと思うので今後ともよろしくお願いいたします。

最後まで読んで頂きありがとうございました。



デイサービスにて、新人理学療法士の馬場さんに直接指導(写真左が政岡さん)

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歩行練習の評価と治療を指導中
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追記)
PT1年目の時の7年前に担当した重度片麻痺の方とご家族さまから、
「政岡さんが半年間一生懸命リハビリをしてくれはったから、今歩けてるんやね、有り難いわ」。
と、感謝の言葉がありました。(訪問担当:伊藤)