2017年11月20日

社内メルマガ"アクティブ流"12月号 職員紹介 作業療法士 武優作さん(大阪) 『家族の次に大事な「音楽」と「音楽」を活かせる仕事との出会い』(前編)

アクティブ職員紹介

作業療法士(5年目) 武タケ 優作さん(大阪)

image.jpeg


――――――――――――――――――――

「しまった!忘れ物した!」と武は台風の大雨のなか、車に戻って行った。

大事そうに抱えてきたのは、ギターケース。

武の相棒だ。


武の音楽との出会いは「父ちゃん」だという。

小学校3年生で父親からギターの基本を教わった。

父親のギターで練習を続けていたが、中学校1年のクリスマス、サンタさんにエレキギターを頼んだら、もらえたのだそうだ。

「サンタさんは信じてなかったけどね」と武は笑う。


武にとって音楽はどういうものか。

たずねてみると、武は「仕事にもできていないし、なんやろ」とギターを抱きしめ、しばし悩み、「家族の次に大事なもの」と少し照れくさそうに言った。


音楽でプロを目指していたが、24歳であきらめた。

「音楽はずっとやっていきたかったですけど、音楽の道でやっていくには、才能というか器がなかった」と話す。

「音楽でやっていくためには、センス、バンドのメンバー、運、巡り合わせ、ビジュアル、声の質、天性のもの、それらが揃わないといけない」と淀みなく語る武は、その問いに答え慣れているようだった。


武と同時に音楽を始めた3歳下の弟はインディーズレーベルから全国リリースした。

弟が活躍していることについてたずねると、

「めっちゃうれしい。純粋にうれしい」

「くやしいはないけど、うらやましいはやっぱりあるかな」

弟とはお互いを認め合っている関係だという。

新しい曲について、弟は今でも「どうやった?」と聞いてきてくれる。

「音楽は強い・弱いと勝負がつくものじゃないから」

もしも、ミュージシャン同士だったら、兄弟関係にも歪みが出ていたかもしれない。

弟と尊敬し合えるのは、リハビリの仕事に出会えたおかげだと話す。


24歳のとき実家がある宮崎県で置き薬の営業の仕事に就いた。

売上目標を達成しなければ、休日も関係なく、出勤させられるような職場だった。

お客さんの一人と親しくなり、「休みの日にでも遊びに来て」と声をかけてもらった。

そのお客さんの夫が精神科のOTだったのだという。

その精神科OTと話しているとき、「君とかOTにむいているんだけどね。ギターが仕事に使えるよ」と何気なく言われた。

当時、武はOTの存在を知らなかったが、自称「調子に乗るタイプ」らしく、OTについて調べ始めたそうだ。


調べていくうちに

「人のためにすること」「人を元気づけられること」が好き。

小さい頃から図工も得意。

何よりギターが使える。

OTは自分にぴったりで魅力的な仕事に思えた。


OTになる」一度、決めてからは、早かった。

OT養成校を受験し、1年10か月勤めた会社を退職した。


昨年、実家の宮崎に帰ったときのこと。

その夫婦のお宅に赤福を持って、お礼にうかがった。

7年ぶりの再会。

ご夫婦は「あのときの!武くん!OTになったの!」と歓迎して下さった。

宮崎のOT業界の話などを教えてもらったという。

いつかは行かねばと思っていたOTの原点に帰る旅が実現した。

「また行きたいですね」ギターを抱えながら、武は故郷に思いを馳せた。


次回に続く


◆インタビュー・構成◆――――――――――――――――――――

"アクティブ流"編集委員 ST水野江美(松原)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181578732

この記事へのトラックバック