2019年04月20日

キャリアインタビュー「人生、散らかっております」。左田聖子さん(看護師、大正所属)


社内メールマガジン〜アクティブ流〜20196月号のキャリアインタビューでは、大正事業所の左田聖子(しょうこ)さん(看護師20年目、入職年月:平成292月、所属:大正)からお話をうかがいました。


1.今の仕事に至ったきっかけ、経緯


15年間のハワイでの暮らしは…

学生時代に夏季セミナーでハワイを訪れたのが全ての始まりだったと思います。ハワイという土地の持つ独特の空気感にすっかりハマってしまい、「前世はここにいたに違いない」と、脳天気な勘違いをしました。卒業後は貿易商社に就職し、何の不満もない生活を送っていたのですが、何か物足りない思いが次第に強くなっていきました。「このまま漫然と人生過ごしたらアカン。そうだ、“故郷のハワイ“に帰ろう!」とまた脳天気に考え、渡航費用を稼ぐため仕事の掛け持ちを始めました。晴れて目標の金額を貯め、‘’故郷のハワイ“に降り立った時は21歳、まもなく22歳の誕生日を迎える12月の終わりごろでした。
「ハワイでたこ焼き屋をやる」と豪語して出てきたものの、現地に知り合いもいなかったので、とりあえずハワイ大学の語学コースを受講することにしました。そこには世界各国から様々な人が学びに来ていて、毎日が新しい発見の連続。夢の中にいるような、刺激的で楽しい学生生活を過ごさせて頂きました。

◇今の看護師の仕事を目指すきっかけは…

そうこうするうち、たこ焼き屋のことはすっかり忘れ、学生生活が終わると同時に結婚、そして旅行会社に就職しました。ここでツアーコーディネーターとして勤務した経験が、後に「ナース同行のバリアフリーツアー」を思いつくきっかけとなったのだと思います。旅行社では4年ほど経験を積みましたが、その頃始めたスクーバダイビングにまたしても“ハマって”しまい、インストラクターのライセンスを取得しました。そして退社してダイブショップを開業することとなりました。
毎日海に潜りながらお店の切り盛りをする日々が数年続いたのですが、看護師を志すきっかけとなった出来事は、この頃連続して起こりました。
その中でも一番大きかったのが、事故で障害を負った友人の夫のリハビリ過程に立ち会う、という経験です。脊髄損傷で下半身不随となった夫を、小さな子どもを抱えながら友人たったひとりで介護する過酷な生活。障害受容ができず自暴自棄となった夫はリハビリもせず毎日家族に当たり散らし、友人は心身ともに疲れ果てていきした。
そんなとき、あるエピソードを思い出したのです。それは私のダイビングの師匠のお話で、同じく脊髄損傷で"歩行機能回復の見込みなし"と宣告されていた師匠の友人を海に連れ出し、クルーザーであちこち旅するうち、立ち上がって数歩歩いた。最終的には杖歩行可能なったというお話です。
善は急げとばかりに、ウェットスーツとシュノーケルセットを車に積み込み、その家族をプールにお連れしました。浮力確保のためのウェットスーツを身につけておそるおそる水に入っていった彼は、あっけないほどすぐに水に馴染み、すごい勢いで泳ぎだしました。下半身が動かなくても、水中ではとても自由だったのです。ひとしきりクロールで泳いだあと、水面に大の字で浮かんで「あ〜っ!気持ちいい!!」といった彼の顔が今でも忘れられません。
その後家族の事情で帰国することになり、お店を人に任せて15年暮らしたハワイをあとにしたのですが、再就職にあたり次はリハビリに関わる仕事がしたいと考えたのは、そんないくつかの出会いがあったおかげです。

◇帰国当初は…

帰阪してすぐ、リハビリの学校を探し始めました。ところが当時は学校が少ないうえに3歳の子供を抱えての学生生活は時間的にも経済的にも無理があると分かり断念。
働きながら通える看護学校に入学し、准看護師2年、正看護師3年の学生生活を送ることになりました。学生時代は小児科・内科の診療所で経験を積ませて頂きました。
卒業後は病棟勤務を急性期から回復期リハ病棟まで一通り巡り、その後老健を2か所、2年ずつ。その際に同じ法人内のデイケアやグループホーム、小規模多機能型なども手伝わせて頂きました。
どこの職場もそこ特有の大変さがありましたが、今思えばどの経験も無駄ではなかったと感謝しています。

◇キャリアの転機

そうやってあちこち渡り歩くうち、前述の「ナース同行のバリアフリーツアー」を思いつき、職業訓練校の開業支援科に半年間通いました。マーケティングや経理、税務のことなどこれまで縁のなかった分野の勉強は、これまた新鮮でおもしろかったです。そして卒業と同時に、バリアフリーツアーをこれから始めようとしている会社に雇って頂くことになりました。いきなり開業するよりは、まず経験を積みたいと考えたのです。その会社は介護事業を多岐にわたり展開していて、旅行社としての仕事が増えるまでの間はと与えられた仕事が、サービス付き高齢者向け住宅の看護師でした。そして同時に新たな事業としての訪問看護ステーションの立ち上げに関わらせて頂き、ここで初めて在宅医療のおもしろさを知ることとなったのです。
この会社では、いくつかのツアーを出すことはできたもののニーズが少なく、思うような仕事ができなかったことから一年余りで退社。その後はやっと出会えた訪問看護への道をまっしぐらといった感じで、今に至っています。

2.今の仕事、働き方


訪問看護月〜金曜日、週5日勤務です。大正区を中心とした5区を自転車で廻っています。


3.仕事での苦労、醍醐味、仕事の魅力、やりがい


在宅の仕事はやりがいたっぷり!!

お一人おひとりと向き合えることがとても大きいです。

病院での仕事はルーティンワークにとらわれて思うような看護ができなかった。


4.仕事をしていくうえで大切にしていること、心がけていること


それぞれの持つ”強み“を引き出し、最大限に生かせるような関りができたらと思っています。そのためには、相手をありのまま受け入れる姿勢が大切かなと。そしてその人の自尊心をくすぐるような言葉かけを心がけています。平たく言えば、けっこうホメまくります()


5.今の仕事に限らず、これからやってみたいこと、もうすでに挑戦していること


南国リゾートでのリハビリ生活をコーディネートするサービス。ハワイに中〜長期間滞在してのリハビリをお世話したい。夕日を見ながらビーチを散歩する…妄想中です。



看護師 左田 聖子(しょうこ)さん 略歴


大阪府出身50歳代

看護師を18年ほど経験し、平成292月に弊社入職。大正事業所で訪問看護師として勤務、現在に至る。

朗らかさと溢れるバイタリティーで訪問看護利用者様をグイグイと引っ張ってくださっています。


〜キャリアインタビューを終えて…左田さん(大正)からひとこと〜


自分の半生を人に語ったのは今回が初めてです。訳が分からないほど散らかり倒した私の話を、インタビュアーの伊藤さんは辛抱強く聴いて下さいました。おかげでこれまで考えたこともなかった“自分史”が整理でき、今はとてもスッキリした気分です。これからの人生をどう生きていきたいか、ここでまた考えるきっかけにもなりました。こんな貴重な機会を与えて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。これからまだひとふんばり、頑張れそうです。ありがとうございました!



■キャリアインタビュー記事編集担当より■



インタビューのなかで、「私の人生、散らかってるでしょ」。と、度々聴かれました。軽いようでいて深みのある重い言葉に、左田さんの今までの人生とその歩みが凝縮されていると感じました。人生とキャリアの転機で左田さんは、いつも自分で決断し、その時を逃さずに自らすぐに行動を起こしてたくさんのことにチャレンジされてきたことが分かりました。その"散らかった人生"と世界観、あまりの話しのオモロさに引き込まれてしまいました。まるで“左田ワールド”に連れて行ってもらったような。。。

今までのご自身の“散らかった人生”を左田さんは「行き当たりばったりで」、「風の吹くまま」と笑い飛ばしていました。

自分の人生やキャリアを会社や人任せにせず、自分らしいキャリアと人生を切り開いていこうとする姿勢や具体的な行動に感銘を受け、ワクワクして共感することができました。

先日の大正事業所独自の事例報告会“チャレンジ報告”での左田さんの実践報告は、『糖尿病を伴う認知症高齢者のひとり暮らしを支える 〜それでも家がいい〜』でした。このなかには関係者やご家族との連携強化や気持ち良さを重視したケアでコミュニケーションを図ったり、回想法を取り入れた自尊心、意欲向上への取り組みがありました。これらは血糖値や血圧の改善、精神的な安定、ADLと在宅の生活を維持等の成果を上げていました。加えて“自分にも人にも容易に限界を定めてはいけない”、“不可能という思い込みを一旦取り去ってみると思いがけない結果が得られることもある”と報告されていました。

左田さんの“あきらめない看護”の実直な仕事ぶりは、入職当初より耳にしていました。まさにこの報告を通して左田さんの“あきらめない看護”の真骨頂を知りました。

在宅生活を支援する訪問看護師として、その人の人生を切り開くような関わりをしている左田さんのなかには“キャリアのオーナーは自分”“人生を楽しむ”という信念が基にあるのではと強く感じました。自分の人生や仕事に自分で責任を持つことで、よく自己研鑽するようになり、自分を深く知ること(自己理解)にもなり、その姿勢で利用者様に向き合うことでその人の深みを知ること(他者理解)となり、それが結果的により良い関わりにつながっているように感じました。

今回のインタビューを通して、まず自分の人生を楽しみ、自分らしく仕事をして楽しめていないとより良い支援につながるのは難しいと改めて思いました。

今回のインタビューの場となったのは大正駅至近で、生豆を一つずつ吟味して焙煎する超本格派の自家焙煎珈琲と良質な音楽を提供する異空間な「井尻珈琲焙煎所」さん。インタビュー中はできるだけ静かに聴取しながらも左田さんのお話しがあまりにもオモロ過ぎて、店主でラグビー関係の知人でもある井尻さんに「静かにしてください、ここはそういう場所ではないので…」と注意されるくらいでした。ご迷惑おかけし本当に申し訳ありませんでした。しかも写真も撮り忘れた。。。


キャリアインタビュー記事編集担当:

人材開発室・心意気実践チーム 伊藤健次郎

posted by Active at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 人材開発室
この記事へのコメント
伊藤さん。
キャリアインタビュー記事作成ありがとうございます。

左田さん。
はじめまして。

人生は散らかっている方が面白い、と感じる本当にステキな内容でした。

また直接会ってお話を聞いてみたいと思いました!
Posted by 泉北むろのぞの at 2019年04月22日 17:58
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