2019年05月20日

社内メルマガ アクティブ流 6月号 生活シェルパ アン・ツェリンさん「モットーは『わからない。でも「やってみる!』〜自分にとってこの仕事は冒険〜」前編

生活シェルパ?


アン・ツェリン??


誰???


日本人????


皆さんそう感じたかと思います。

これには色々と理由があり、ご本人と相談した結果、このまま掲載させていただくことになりました。


詳細は今月、来月のキャリアインタビュー記事をご覧になっていただければわかると思います。


まず初めに『生活シェルパ』について。


これはご本人が造った造語です。

もともとは『シェルパ』と言い、《チベット語で東の人の意》エベレスト南麓 (なんろく) の高地に住むチベット系ネパール人。 農耕・牧畜・交易などに従事。 ヒマラヤ登山隊の案内人としても知られる。【goo国語辞書より】


という意味です。


次に『アン・ツェリン』というのは、ネパール山岳協会の会長を務めた方です。


差し詰め『生活案内人』とでも言いましょうか。


さて、今回はそのアン・ツェリンさんに、25年の作業療法士、リハビリテーションの歳月を余すところなく語っていただきました。


取材させていただいた私が一番ワクワクしたんじゃないかと感じる内容になっています。


ではどうぞ。



1.今の仕事に至ったきっかけ、経緯


経緯が長いので、この仕事に就いたきっかけとしてお話しします。

職歴としてはザックリと精神科15年、回復期5年、アクティブに入社して5年になります。

今思えば明確な目的やきっかけを持ってその分野で働き始めたことは一度もないと思います。


卒業して直ぐに就職した精神科は「就活として病院見学に行くとタダでお酒を飲ませてくれる」と友だちに誘われて行ったのがきっかけで精神科に就職する気持ちなんて全くありませんでした。

学生時代、精神科の授業が一番嫌いで精神科作業療法のテストで0点をとったくらいです。


でも病院や患者さんの雰囲気がよくて気が付けば、就職して15年の月日が流れていました。

定年まで勤めるだろうと誰もが思っていたのですが、毎日往復4時間の通勤はきつく体調不良をきっかけに地元での転職に踏み切りました。


南大阪では精神科病院の求人はなく、知人に相談したら「老健だったら精神科経験だけでも働けるよ」とアドバイスをもらい転職することにしました。


ところが配属先は病院リハビリテーション室でした。世は回復期バブルで人手不足ということもあって、老健ではなく病院に配属になったようです。


どうにかこうにかして回復期で仕事が出来るようになったのですが、ふと疑問が沸き上がってきました。

「退院した患者さんはどうして生活しているのだろう?」


そんなことを病院の相談員に話したら、「アクティブっていう面白い会社があるよ」「デイサービスと訪問やっていて、利用者さんに何かあったらバイクでピャ〜って行くねん」「行ってみる???」と。


よく分からないまま会社の話を聞いてみようと阪東さんに時間をとってもらい色々話を伺いました。

想像していた以上に「おもろい」と思い、そして所属はどうしますかと尋ねられ各事業所をまわりました。

そこで泉北事業所が「すごくおもろい」と思いアクティブへの転職に踏み切りました。

阪東さんの話と泉北事業所の雰囲気で決めたことになります。

流されに流され偶然と自然に身を任せた職場選択だったと言えるかもしれません。


2.今の仕事、働き方


訪問が3.5日、デイサービスに0.5日勤務しています。

家庭の事情で勤務日を調整して雇用して頂いているのは大変助かっています。

「すごくおもろい」に加えて「あたたかい」会社だと思います。


仕事の内容はみなさんと同じで平均的な業務内容だと思っています。

特に変わっていることと言えば訪問業務だと、開始時間が早くなるのと、終了後のお茶の時間が長いことです。

開始時間は早くて30分くらい早めに行くこともあります。


訪問業務ではどうしても空き時間ができるときがあります。

事務所が近いときは戻ることもあるのですが、遠いときはどこかで空き時間を過ごさなくてはいけません。

そんなことを利用者さんに話したら「早めに来てテレビでも見てゆっくりしたら」と言って頂いたので、断る理由もなくそうすることにしました。


終了後のお茶時間は楽しみで、「美味しい煮物が出来た、食べていって」と言って頂いたときは1時間半くらいゆっくり過ごさせて頂きました。

完全なる仕事サボりですが、もう時効成立しているので、ここでお話しすることにしました。


それから担当者会議へも時間が合えば参加するようにしています。

ご家族の都合で18時以降に会議があることもあります。

でも介護保険の更新時くらいしか開催されないので、参加して経過と今後の方針についてはしっかり伝えるようにしています。


また居宅への報告書配布にも行くようにしています。

ケアマネさんは忙しいのでなかなか会うのが難しいですが、居宅への営業を重ねているとその事業所の一日スケジュールが分かってくることもあります。

その時間を狙っていけば会える確率はかなり大きくなります。


特に会える確率が高いのは雨の日ですね。

雨の日は外回りが減るのでねらい目だと思います。


更には訪問卒業終了後のモニタリングにも行くようにしています。

領収書の配布がてらに様子見に行くようにしています。

元気にされていると、こちらも元気になり嬉しいものです。

そんなこんなでいい働き方をさせてもらっています。


3.仕事での醍醐味、苦労


〜醍醐味〜

「冒険のような毎日であること」につきると思います。

リハビリにしても作業療法にしても日常生活をどうするかが仕事だと思っていました。

病院ではリハビリ室に患者さんを連れていくことがリハビリのような感じでした。

アクティブでの仕事はすっかり冒険的になってしまいました。具体的に話していきましょう。


その1

入社して直ぐに担当した利用者さんでした。契約手続きから担当者会議まで参加した利用者さんなので今でも思い入れがあります。

訪問初日、少し早めに自宅に伺いました。インターフォンを押したのですが反応がありません。


留守でした。


少し待ちましたが帰ってくる気配がありません。

ケアマネに電話連絡したら飛んで来てくれました。

訪問初日ですっぽかしは悪いと思ったのでしょう。

結局、その日の訪問はキャンセルになりました。


仕方なしに事務所までバイクを走らせているといつもの道が珍しく渋滞していました。


事故かな?と思いつつバイクを走らせていると男女二人が手をつないで道をゆっくりと歩いていました。


あまりにも横に広がって歩いているので、その二人が車を遮って渋滞を起こしていたのです。


危ないなぁ〜と思って追い越すと、何と訪問予定の利用者さんでした。


しかも家とは違う方向に向かって歩いていました。

後日、話を聞くと二人で外食に出かけていたようです。

何とも言えない初回訪問でした。


その2

団地で一人+α暮らしの女性です。

とても個性的でこれまた印象的な利用者さんでした。

+αは犬が三匹です。


とても野性的な生活で夏はクーラーもなく、冬は暖房器具もありません。

でも犬たちと元気に暮らしていました。


とても気を遣われる利用者さんで暑い夏でも、寒い冬でも冷たい牛乳をコップに入れて出してくれます。

断っても必ず牛乳を出してくれます。

実は私は冷たい牛乳が苦手で、でも断っても出てくるので飲まざるを得ません。


その訪問に行く前日から絶食です。

そうすればお腹を壊さずにすみます。


なかなか自分のお腹管理が難しい訪問業務でした。

この利用者さんについては書き出したら、原稿用紙10枚あっても足りないのでこのくらいにしておきます。


その3

妻、長女、利用者さんの三人暮らしの利用者さんです。

介護度が高く、自分で意思表示が難しい利用者さんでした。

ある日いつも通り訪問したのですが、何故か元気がないような印象でした。

バイタルは特に問題ありません。そこから長考に入りました。


ご家族の会話もたどたどしく不自然です。

探りに探ってついに見つけました。


高熱を出していたのですが、訪問前に解熱剤を服用させて熱を一時的に下げていました。


体調不良を見せてはいけないと考えたようです。

直ぐに主治医に往診を依頼して事なきをえました。


病院では患者さんは体調不良があり助けてもらうという前提でやって来ます。


病状を隠すことはしません。

でも在宅では家族はいい介護者になろうとします。

だから高熱を何とか隠そうとしたみたいです。

ご家族の立場を考えさせられる出来事でした。


「初回訪問をすっぽかされる」、「毎回、牛乳サービスがある」、「体調不良を何とか隠す」こんなこと病院業務では絶対にありません。それでもどうにかこうにか対応している中に醍醐味を感じるように思います。


〜苦労〜

経験が長いので苦労はなさそうに思われます。

でもこの仕事も利用者さんも奥が深いので苦労だらけです。

でもよくある苦労は誰も同じかと思います。具体的に話していきましょう。


その1

実はバイクに乗ることが好きでないことに最近になって気が付きました。

小さい頃、仮面ライダーに憧れて大きくなったらビッグバイクに乗ろうと決めていました。

16歳で直ぐに中型2輪免許を取得しました。

そして、子どもの頃の夢を実現しようと26歳で限定解除(旧道路交通法の2輪免許区分)しました。


お金が貯まったらビッグバイクを買おうと思いつつ月日は流れてしまいました。

アクティブに入社して毎日仕事でバイクに乗れるなんて幸せだろうと思っていました。


しかし最近はバイクに乗ることが苦痛にさえ感じることがあります。

何故なのか長考しました。


実はバイクに乗るよりカスタム(合法改造)する方が好きだったのです。

あおり運転やら何やと公道って怖いですよね。

あまりバイクで走りたくないと思う自分がいます。

でもカスタムは作る楽しさがあります。

そのカスタムのおかげで毎日バイクに乗れているようにも思いますが、どちらかと言えば苦労だと思います。


その2

方向オンチであることに苦労しています。

道を覚えるのは苦手で新規の訪問が決まると最低2回は下見に行きます。

それでも一回で辿り着いたことはありません。

バイクの運転が好きでもなく、方向オンチなんて訪問には向いてないなと思います。


しかしありがたいことに周りには助けてくれる人がいます。

訪問の導線については責任者の北山OTが配慮してくれるし、近道も教えてくれます。


またタクシー運転手としていた利用者さんも道を覚えるコツを教えてくれます。

様々な支えがあってこんな苦手があっても訪問業務が出来ています。


その3

一人暮らし宅を訪問するとき心臓の拍動が激しくなります。


これはアクティブに入社してから始まりました。


訪問業務を始めて半年くらいしたときのことですが、ある単身で生活されている利用者さんの家に訪問に行きました。

いつものようにインターフォンを鳴らしたのですが、不在でした。


聞こえてないのかもしれないと思い2回目を鳴らそうとしたのですが、体が跳ね上がるくらい拍動が激しくなりインターフォンが鳴らせませんでした。


不思議な感覚だったのですが、それ以降も一人暮らし宅を訪問するときは拍動が激しくなっているのが分かりました。


不思議に思って考えに考え長考に入りました。


長い間、分からないまま月日は流れました。


ある日15年くらい前に担当していた患者さんが夢に出てきました。

そしてインターフォンを鳴らす前の感覚を思い出しました。

その患者さんはデイケアに通所されていました。

お酒とジャズが好きで自宅に何度か訪問していました。

ところがある日、欠席が続くようになりました。

たまには休むこともあるだろうと軽く考えていました。


ところがあまりには欠席が続くので訪問したのですが、応答がありませんでした。


大家さんにお願いして鍵を開けてもらいました。

部屋の中は荒れていてベランダで倒れていました。


既に亡くなられていました。


警察の検死の結果、死亡推定時刻は私が訪問した前日の夜でした。


欠席を不自然に思ったときに訪問していれば死なずに済んだかと思うと今でもとても後悔している出来事でした。


一人暮らし宅の訪問時に拍動が激しくなり体が動かなくなるのは、このことがトラウマになっているのだと思います。


しかしそれは今では強みになっているのか、利用者さんの様々なことに気が付ける研ぎ澄まされた何かになっています。

先に話した体調不良を隠していた家族のことに気づくことが出来たのもこの何かだと思っています。


後編(7月号)に続く


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