2019年08月20日

社内メールマガジン”アクティブ流”2019年9月号 巻頭言 中川利弘さん(大阪法人総務部長)

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最前列右端が中川さん(2016年と少し前の写真ですが)


始めまして・・・と言う方の方が、多いかと思います。

大阪法人、大阪事務所の中川です。

平成256月にアクティブにお世話になり今年で丸6年目、長いようで、非常に速かった6年かと思います。


わたし自身はこの世界では全くの素人で、何もわからず、一つ一つ丁寧に指導いただき、何とか今までやってくることが出来ました。


その当時の大阪事業所は、現在のカフェオーディナリー大阪の2階に訪問看護ステーションの事務所があり、1階はデイサービスリハカフェ東成でした。


松原サテライトから平成254月にアクティブ訪問看護ステーション大阪となり2ヶ月目の事で、床の抜けそうな、夏はエアコンも効かないほどの事務所で、春には羽蟻の大量発生もありました。


当時は中原PT(現:大阪法人統括本部長)が筆頭となり、主任の河井OT、村上ST(本年退職)、飛永PT(現:大正事業所運営責任者)が中心となり、現在の大阪法人の基礎を築いていました。微力ながらそのお手伝いが出来ればと思います。


その頃は職員は78人程でしたが、今では大阪で29名、サテライト大正14名、サテライト吹田13名となりました。

かなり大所帯となりましたが各事業所責任者の方々の努力で、円滑かつ和やかに運営できていると思います。


その間、退職された方もいますが、新たに仲間入りされた方も多数おられます。


PTOTST養成校の新卒者で社会人1年目の方もたくさん入って来られました。

地方から出てきて、初めての就職、不安で一杯だったと思いますが、日々努力と勉強を積み重ね、今では自信を持って訪問へ出て行かれる姿を見て、「成長って素晴らしいな…」と思っております。


私も昨年、(よわい)60歳、還暦を迎える齢となりました。

還暦、昔は本卦帰りと言いました。

本卦帰りとは、干支(十千十二支(じゅっかんじゅうにし))が誕生年と同じ干支が巡ってくることを言います。

自分が60歳!全く信じられないし、全く60歳の感覚はありません。(その感覚を持たなければいけないと思いますが)


若いころから好き勝手な事をしてきた人生でした。

写真が好きでその世界に没頭し、その道に進もうと思っていた矢先に90度方向変換、サラリーマンとなりました。


その後、サラリーマンを続けていくのかと思うと新劇の劇団と出会い、あっという間にその世界に飛び込んでいきました。

音響を中心に照明、大道具を自分たちで制作し、年間に数回の公演を行っていました。

決して収入があるわけではないので、自分たちでアルバイトをして生活をする毎日で、日曜日の百貨店屋上で行われる着ぐるみショーで音響の設置、そのショーに出演ウルトラマンや仮面ライダーや戦闘員の声を担当するアルバイトもしていました。

「さんまのまんま」に出ている「まんまちゃん」の初代に入っていた方に音響を教えていただいたのも、いい思い出となっています。


じゃあそのまま芝居の道に進むのかと思いきや、また90度方向変換し大阪市の外郭団体に就職したのが26歳でした。

その後結婚し、4人の子供たちに恵まれ(?)55歳で退職するまで29年間働いてきました。

まだまだ人生を語るには早すぎるとは思いますが、振り返っても満足のいく人生ではないけど、後悔も全くない人生でした。


誰かの言葉で、「人生、トントン」と言う言葉があります。


良い事も、悪い事も同じで、人間死ぬときにはトントンで終わる、そんな意味だったと思います。


これからもまだまだ好き勝手に、やりたいことをやっていく人生でありたいと思う今日この頃です。


周りの若い職員の方を見習い、パワーを頂き、事務では優秀な佐々木さんと言う相方に助けられ、今以上に頑張っていきたいとおもっていますので、引き続き皆様には宜しくお願い致したいと思います。

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