2020年09月16日

社内メールマガジン"アクティブ流"2020年10月号巻頭言 ST山川潤さん(大阪法人STリーダー)「しんどかった一年目を乗り越えられたのは周囲の人達のおかげ」


今里の言語聴覚士、山川です。


最近は朝、晩と涼しくなってきており、日が暮れるのも早くなり、季節が変わっていくのを感じますね。

秋刀魚と紅葉とビール。

私の地元沖縄では秋らしさは感じられないので、大阪に来て良かったポイントの一つです。

新人療法士も入職して半年が経ちますが業務には慣れてきたでしょうか?

地方から出てきた新人療法士はホームシックになってないですか?

私が一年目の頃はなっていましたね。ホームシック。

毎日沖縄に帰りたいなぁと思っていました。

そんな私も今では帰りたいと思うのは月に一回程度とかなり落ち着きました。


しんどかった一年目を乗り越えられたのは周囲の人達のおかげです。

@指導してくれる人
指導して頂いた気持ちに応えようと頑張れます。
なりたい療法士像がイメージできるのは良かったです。

Aしょうもない話をしてくれる、相談できる人
小さな悩みや不安が軽減し頑張れます。
業務以外のことを考える、笑える、落ち着ける時間もありがたい。

B利用者さま
そりゃぁもう頑張れます。
ありがとうございます。感謝の気持ち。


アクティブは新卒を採用して今年で10年目。
現在、新卒で入職した療法士は40名。
数字にしてみると意外と多くて驚きます。

そのうち21名は4年目以上と訪問中心の業務になっており『地域で必要とされる療法士』に近づけるよう努力し、各事業所で欠かせない存在になっているのではないでしょうか。

これも指導してくれる、相談にのってくれるスタッフのおかげです。

本当にありがとうございます。感謝の気持ち。

今いる新人療法士、これから入職する療法士が
成長できるように、疲れすぎないように
接していきたいと思います。


新人療法士の成長がアクティブ全体を強くする。
がんばろう。



3月に結婚しました。
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アクティブのおかげです。
ありがとうございます。
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2020年07月20日

社内メルマガ"アクティブ流"2020年8月号 巻頭言「おかげさま」PT真鍋章司さん(大阪責任者)


社内メールマガジン巻頭言 2020年8月号   
   

 梅雨というには激しすぎる大雨と蒸し暑さに加えて新型コロナウィルスの影響でストレスフルな日々が続いています。   

6月に緊急事態宣言が解除されましたが、新型コロナウィルス感染状況は全世界的に見ても終息にむかうことなく、依然として安心できるような状況ではありません。

それどころか第2波がいつ起こるのかと不安感が増すばかりです。   
   
 「これをしといたら大丈夫」が無く終わりが見えない状況で、不安定な日々を送るのは心身ともに消耗してしまい余裕が無くなり、つい些細な事でイライラしてしまいます。   

電車が混んでたらイラつき、仕事が上手くいかずにイラつき、運転中に割り込まれたらイラつき、自分の思うように   
ならない事が重なり・蓄積して大爆発してしまう...やたらと「あおり運転」のニュースが多いのも納得ですね。   

私も同様にイライラしてしまいますが、最近ある言葉をよく思い出します。   
   
『 俺が俺がの我(が)を捨てて おかげおかげの下(げ)で生きよ 』   
   
江戸時代後期の越後の良寛和尚の言葉だそうで、ご存じの方も多いかと思います。   
20年以上前に私が営業の仕事をしていた頃、当時の上司からよく話していただきました。   
ネットで検索したら関連で下記の詩(これも有名らしいです)がありましたので紹介させていただきます。   
 
   
『 おかげさま 』(上所 重助)   
   
夏が来ると「冬がいい」と言う   
冬が来ると「夏がいい」と言う   
太ると「痩せたい」と言い   
痩せると「太りたい」と言う   
忙しいと「暇になりたい」と言い   
暇になると「忙しい方がいい」と言う   
自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い   
自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う   
   
借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる   
金を持てば 古びた女房が邪魔になる   
所帯を持てば 親さえも邪魔になる   
   
衣食住は昔に比べりゃ天国だが   
上を見て不平不満の明け暮れ   
隣を見て愚痴ばかり   
   
どうして自分を見つめないのか   
静かに考えてみるがよい   
一体自分とは何なのか   
   
親のおかげ   
先生のおかげ   
世間様のおかげの固まりが自分ではないか   
つまらぬ自我妄執を捨てて   
得手勝手を慎んだら   
世の中はきっと明るくなるだろう   
   
「俺が」、「俺が」を捨てて   
「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい   
   
   

今だ本質を理解するには至りませんが、こんなギスギスしたしんどい時なので、   
少しでも気持ちが穏やかになれたらなと思います。   


アクティブ訪問看護ステーション大阪
          真 鍋  章 司       

2020年06月01日

社内メルマガ"アクティブ流"2020年7月号 巻頭言「実習指導、"教える"のではなく"一緒に考える"と前向きなれる」OT井上雄一朗さん(堺デイサービス運営責任者)



新型コロナウイルスが猛威を振い、生活リズムの変化を余儀なくされているご利用者様がまだまだ多くおられますが、世界をはじめここ大阪においても経済活動が徐々に再開されてきています。

吉村大阪府知事は
「休業要請を段階的に解除しながら、外出しないで下さいは矛盾。これからは『ウイルスとの共存の道』を目指すべき。外出自粛ではなく、マスク、人との距離、接触等、外出の仕方を気をつけて活動を」
と呼び掛けています。


堺事業所においては、オンラインでのイベント活動など、各スタッフが様々な角度から今できることを検討してくれています。

また、各事業所は利用者様の状態把握や感染予防を徹底しており、職員の皆さんにはいつも以上に気苦労もあると思います。本当にありがとうございます。


今回の緊急事態宣言は、各療法士の養成校の実習にも影響がでています。

堺事業所では、毎年約8名の作業療法実習生を受け入れていますが、今年度はコロナウイルス感染予防のため、学校側から中止のご連絡をいただいたり、受け入れの延期をお願いしています。

皆さんは実習指導に対してどのような気持ちで臨まれていますか?

私は以前は実習指導に対して、率直な気持ちとして「時間を作るのが大変」「面倒」とネガティブなことを考える傾向にありました。

しかし、"教える"のではなく、一緒に考えるようになってから実習指導者としての役割に対して前向きなれました。

実習指導では、デメリットばかりに焦点を当てがちですがプラスになる事もたくさんあります。

まずは…
人に教えること≒一緒に考えること。

人に教えることで学習の定着率が高まるといわれています。

自分で記憶をさかのぼり、情報を整理し順序立てて話をする事が必要であり、自分自身が理解していないと実習生に対しても説明ができません。

実習指導者が身につけた知識やトピックなどを実習生に伝えることで、自分の学習の定着にも直結していきます。

また、実習生は社会人としての経験が少ない方が多く、人を育成する・動かすことでマネージメント能力も高めることができ、その経験は自分の強みとなっていきます。

堺デイでは実習生には、積極的にイベントを手伝っていただくことで一人のスタッフとして動いてもらうことで私自身も助けられています。

実習生にとって、それらイベントの経験や訪問リハビリや就労支援の見学は、他の実習先ではなかなかできない体験も経験ができる場であると思います。

中には、アクティブの魅力が伝わり職員になってくれた方もおられ、大変嬉しく、また臨床での活躍は私自身良い刺激となっています。


2020年4月入学生の臨床実習から臨床実習指導者講習会を修了していないと実習生の指導(訓練見学でも不可)は行えません。

この情勢が落ち着いた際には、皆さんも是非講習会に参加して積極的に実習生に関わってください。

今後も感染予防を徹底し体調に気を付けていきましょう。


アクティブデイサービス堺
井上雄一朗

2020年05月20日

社内メルマガ"アクティブ流"2020年6月号 巻頭言「コロナに打ち克ち、より結束した働き甲斐のあるアクティブになるよう尽力を」河井賢一さん(大阪デイ運営責任者)


4月から新入職員さん9名が入職しました。
コロナ禍の中バタバタの日々が続きましたが、今は少しずつ感染対策や業務にも慣れてきたところでしょうか。
3密を避けるため実技的なハンドリングや評価、治療技術など身体に触れて学ぶ機会は減っているとは思いますが、焦らず行きましょう。後々経験は増えていきます。

担当利用者様も少しずつ増えてきた頃だと思います。

先輩のリハビリを見て技術を学び、それを実施し、結果に疑問を持ちながら何でも相談してみましょう。

周りの先輩は教えることが好きな人が多いので何でも疑問をもって聞いてみましょう。

今までに経験の無い新型コロナウイルス。
社会機能維持に必要な業種として、アクティブでは感染対策の徹底、時差出勤、自宅待機学習などの対応をとっています。

今までとは違った働き方で自分自身や家族の体調管理が難しいとは思いますが、運営に関しては職員からも都度相談があり私自身助けられています。

子育てしながらの職員も増えてきていますので、無理しすぎず随時相談しながら両立していきましょう。

看護師はじめ感染症対策でフルPPE(個人防護具) 対応の方もいますが、気温が高くなり梅雨も近づいてくるため、快適に働く方法の情報共有や脱水対策も必要となってくると思います。

個人的にはひんやりマスクが欲しいので、どなたか作成して僕に下さい。

利用者さんはもちろんですが、まずは職員が心身ともに健康で万全な状態で働ける事が大切です。

コロナに打ち克ち、より結束した働き甲斐のあるアクティブになるよう尽力していきましょう。


アクティブデイサービスリハカフェ今里
河井 賢一
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写真左奥が認知症カフェ"あれそれカフェ"の運営を笑顔で見守るOT河井さん

2020年03月20日

社内メールマガジン アクティブ流 2020年4月号 巻頭言 「めちゃくちゃ後悔しています。」PT 飛永直樹(大正事業所運営責任者)

皆さん、こんにちは。
株式会社アクティブ、大正事業所の運営責任者をしております、理学療法士の飛永です。
この2ヶ月くらいは、新型コロナウイルスによる世界規模の感染、経済への影響で、国内も混乱が続いており、職場や私生活で、「マスクが無い」「外出は控えよう」等、落ち着かない日々かと思います。
医療介護分野の私たちは、自身が媒体にならないように感染対策などのできることをし続けるしかない現状ではありますが、日本理学療法士会のホームページに「新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛による生活不活発病の予防について」ということで、外出頻度が減る中、「体力を落とさないためのリハビリ」の運動方法が紹介されています。リスク管理をされた上で、ご利用者様や職員の皆様、およびご家族様へも有効かと思いますので、ぜひご覧下さい。


「めちゃくちゃ後悔しています。」というタイトルですが、何に後悔しているかと言いますと、

私自身の過去の【心構え】です。私ごとで恐縮ですが。

〜当たり前ではなく有難いと思う〜
〜今ある人や環境、および物に感謝する〜

人生経験豊富な方や、各著書でも上記のような言葉は聞いたことが何度もあります。しかしこのような【今】の捉え方を、わかった気で最近まで過ごしてきた日々にめちゃくちゃ後悔しています!!

もっと早く自分の【心構え】が変わっていれば、人や環境、および物に対しての見方が変化し、生き方も変わってたのだろうと、特に最近、腹の底から感じています。

・会社があり、職場の仲間がいること
・サービスを提供させて頂ける利用者様がおられること
・地域の関係職種の方から相談を頂けること

例えば、これらのことをどう受け止めるかは自分次第です。つまり自分の【心構え】により、受け止め方は変わります。そんなこともはっきりとわからないまま生きてきたのかと思うと本当恥ずかしい限りです。

今なら言えます
「今関わる人や環境、および物が当たり前ではなく有難いものであり、感謝しています。」と。


ここで現場でのエピソードを一つ。

私は、各利用者様の担当CMの方や、ご家族様とお電話で様々なやり取りをさせて頂く機会がありますが、その際に
「Aさんのおかげで良くなりました」
「Bさんは本当に熱心ですね」
「Cさんだからリハビリを続けられています」
などなど、時にはもちろん厳しいお言葉を頂くこともありますが、担当職員に対してこのようなお言葉を頂く機会も有難いことに多くございます。

それは、もちろん利用者様の心の受け皿が広くて温かくて、そのようなお言葉を伝えて頂けてるかと思います。ただそれだけではなく、やはり担当職員の一人一人が毎回の訪問サービス時や、通所サービス時において、利用者様と関わる一瞬一瞬で発した言葉や行動が、そのようなお言葉を頂くきっかけには必ずなっていることと思います。
ここで大切なことは、言葉や行動は心構えが影響していることです。

一事業所の責任者をさせて頂く中で確信していることがあります。

それは職員の皆様の心構えが、利用者様に対するサービス提供をより良いものにし、大きく捉えると事業運営の最も重要な因子になっていることを。
つまり知識や技術はもちろん必要ではありますが、そのより根底にある心構えなくして良いサービスは成り立たないし継続できないと感じています。


結論を言いますと、現時点で大正事業所だけではなく株式会社アクティブ全体の事業運営がなされている、継続できているのは、

職員の皆さん
一人一人の
一瞬一瞬の
一言一言を生み出した
【心構え】によって
成り立っているといっても過言ではありません。

現時点で運営が継続できていることは事実ですので、皆さんの心構えが素晴らしいと確実に証明してくれています。
そう考えると、一言一言に緊張感がうまれ、ワクワクしっぱなしですね!


大正事業所では、この心構えを共有するために【タメトーク】という研修会を行っています。

【タメトーク】
・目的
個人がサービス提供時に限らず、時間管理や他者との連携等、様々な行動において上手くいったことや、いかなかったことを振り返り、それを共有しどのような心構えや感情でいることが最適なのかを知り、行動にうつせるようにする。
・方法
トーク担当者は全職員の前で、5分間トークを行う
内容は、タイトル、エピソード、要因、改善策
トーク終了後、他の職員から順番にトーク内容に対する助言や、実体験を話す


トークを担当してくれてる職員から、何を話したら良いのだろうという雰囲気はビンビン伝わってきますが、普段話しにくい、共有しにくい内容だからこそ、話す、聞く価値があるのだと感じます。個々の心構えや感情を知り、聞いた職員が現場で、それを思い出し行動にうつせたなら、このタメトークの価値が高まっていくことでしょう。

また令和2年度の大正事業所の研修テーマは【アップデート】
毎週火曜17時半開始で、アップデートとタメトークのどちらかを必ず実施していきます。ご興味のある方はいつでもご参加下さい。

前回のテーマは投票で決定したのですが、その際「最近の動向を文献抄録で知りたい」「他のセクションに自分の領域のことを伝えたいし聞きたい」という意見がありました。それを参考に今回のテーマを決めております。

【アップデート】のポイントは2つです
@最新情報
A専門分野の視点、経験

これとは反対に、浅くて古い情報はすぐに手に入れられるし、わざわざ全体で研修するほどの価値は低いように思います。
よってポイントを定めて行うようにしていきます。


4月からは、新入職の方々による新しい風が吹くことでしょう。本当に楽しみですね。
皆さんのご活躍を期待しております。
大正事業所としてはさらなる進化を求め、皆さんの風を追い風にして進んで行けたらと思っています。

最後に
なかなか別の事業所の方とはお会いする機会は少ないですが、遠くから職員皆さんのご健康とご多幸をお祈りしています。
令和2年度も何卒、宜しくお願い申し上げます。


株式会社 アクティブ
大正事業所 運営責任者
飛永 直樹

2020年02月20日

社内メルマガ”アクティブ流”2020年3月号巻頭言「やることは変わりません」。OT塚本光俊さん(堺事業所運営責任者)

皆さん、寒い中、日々の業務お疲れ様です。

堺事業所の塚本です。


世間では、コロナウィルスによる新型の肺炎が流行していますね。日本でも感染者が確認されからしばらく経ち、死者が出たり、ニュースを見ていても和歌山で感染者が出たり、少しずつ拡がっているように感じるので、感染が心配ですが、体調管理と予防には、しっかりと気を配っていきたいですね。


さて、2020年4月に診療報酬の改定があり、医療保険での訪問看護からのリハビリの回数に対して、見直しが行われます。世間では「リハビリ職による提供の適正化」と謳われていますが…


皆さんもご存じの通り、一般的な医療保険での訪問看護の提供は週に3日までです。

今回の改定では、週に4日目以降なので、「厚生労働大臣が定める疾病等」、「厚生労働大臣が定める状態等」に該当する方への訪問看護からのリハビリに対して制限がかかることになります。


あくまで現時点での情報ですが、訪問看護で訪問した場合に算定できる基本療養費Tが、看護師と理学療法士等はどちらも週4日目以降は6550円なのですが、改定後は理学療法士、作業療法士、又は言語聴覚士の訪問においては、週4日目以降を5550円の算定にするようです

これは、他の事業所のリハビリの回数もカウントされるため、複数のステーションで訪問している場合は、正確な情報の把握や連携相談が必要になってくるかもしれません。



前回2018年の介護保険、医療保険のダブル改定から、早いもので2年が経過しようとしています。訪問看護からのリハビリは看護業務の一環であり、理学療法士等は看護師の代わりとして訪問していることが再確認されました。


そのため、理学療法士等が訪問する場合、介護保険では、定期的(概ね3ヵ月に1回程度)、医療保険では初回以降は指示内容や状態変化など必要時に応じて、看護師が訪問するよう明記されました。俗に言う、「看護師のモニタリング(定期訪問)」です。


この改定が決まり、現場では各ご利用者には、看護師の訪問の必要性や弊社の連携医療機関のなめだリハビリテーションクリニックによる訪問リハビリテーションへの移行など、それぞれの意向を確認してもらいました。行政からの発表もギリギリだったので、各事業所へのFAX連絡なども含め、急ピッチで行ったことを覚えています。


実際に看護師によるモニタリングを通して、コミュニケーションの媒介ができることによって看護とリハビリの情報共有や意見交換の幅が広がり、活発になったり、今までは顕在化していなかった看護師への潜在的なニーズが把握できるようになったりできているように感じます。療法士からは「医療的な面でリスクや予後、状態変化時の対応など相談しやすくなった」、「安心して訪問できると、耳にすることが多くなりました」。

専門職同士での連携がより強固なものになり、「らしく(生)活きる」をより支援できる形で浸透していると思います。


20213月末には、前回、全老健からの要望書で猶予期間が設けられた、訪問リハビリテーションの提供にあたり、かかりつけ医の診療情報提供書で動く場合、「その医師が研修を受ける必要がある」事についての文言の見直しもどうなるか気になるところですが、やることは変わりません。

これからも地域の中で関係各所、職員の皆さんと協力して、利用者様が「らしく(生)活きる」ためにできることを支援していきたいと思います。


2019年12月20日

社内メールマガジン アクティブ流 2020年1月号 巻頭言 看護師 木田賀恵さん(大阪事業所管理者)


木田家の愛犬シェルティーちゃん、2回目の登場です。

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2000(平成12)年4月に制定された介護保険ですが、3年に一度介護報酬を、5年に一度介護保険制度そのものを改正されるようになっています。皆さんご存知のように平成30年から訪問看護ステーションにおける理学療法士等による訪問看護の見直しが行われました。


110ヵ月経ち看護師の訪問は、リハビリのモニタリング訪問とされていますが、ここでもう一度制度改正の原点に戻ってみたいと思います。


概要は、訪問看護ステーションからの療法士による訪問看護は、その訪問が看護業務の一環としてのリハビリテーションを中心としたものである場合に看護職員の代わりに訪問させるという位置づけのものであるが、看護職員と理学療法士等の連携が十分でない場合がある事を踏まえ評価の見直しをする。

とあります。


法改正以来、看護職員はリハビリテーションを中心とした症例にどのような看護を提供できるかをふまえて訪問していると思いますし、療法士は訪問頻度の少ない看護職員に情報提供を行って連携を図って益々アクティブの各職種の連携が深まっているのを感じます。


私は、リハビリテーションを中心とした症例の訪問を主に行っていますが、3ヶ月毎に訪問すると目覚ましい回復をされている方やリハビリを継続したいと懇願される方が多くリハ職の素晴らしさに感動を受けますし他の看護師からも


「こんなに回復すると思わなかった」という声も聴きます。


看護職はその状態を確認し適切に判断しフィジカルアセスメントを行い療法士にフィードバックされています。


夫々の職種をリスペクトしより良い環境で協働する事がアクティブの連携ではないかと思います。


それを実践し質の高い訪問看護が提供できるように努力されている皆さんにエールを贈りたいと思います。


頑張れ〜〜。ファイト!

2019年11月20日

社内メルマガ"アクティブ流"2019年12月号 巻頭言「看護師もリハビリについて考えるようなった」看護師松並裕馬さん(松原管理者)

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右端最前列の青色ジャンパーが松並さん。


11月に入りポッチャリな私にとって過ごしやすい気候になり体調がすこぶる良好な松原事業所管理者の看護師松並です。

今年も残り2カ月を切り自分なりに振り返ってみました。

やはり全ステーションで昨年4月から始まった療法士による訪問(訪問看護T5)への看護師の初回訪問と定期的な訪問看護モニタリング業務ではないでしょうか。

松原事業所では初回面談をリハビリテーション部門の運営責任者の長西PTが行い、その後訪問看護指示書が届き次第私が契約と一緒に看護師による初回訪問を行います。

次回より別の看護師に引き継いでいきます。

この制度が始まる前は普段の看護業務に加えて、訪問療法士への同行、モニタリングは出来るのだろうか?と思っていました。

しかし行なってみると大きな無理する事なく日々の看護業務を行いながら同行、モニタリングも行えています。

療法士さんと利用者さんの事で話し合う機会も多くなり、普段看護業務しか関心がなかった看護師もリハビリについて考えるようなったためか看護師の視点からこういう事に気をつけながらリハビリを実施すればいいよという光景も事務所内でよく見られます。

結果的に松原では看護師と療法士さんとの距離も近くなり事務所内の雰囲気も良くなったんじゃないかなと私は勝手に思っています。

この同行、モニタリングがきっかけとなり看護の定期訪問に繋がるケースもあり、療法士が多い当事業所にとって、この制度は有難いと思っています。

中には利用者さんから看護師なんか必要ない、もう来なくて結構ですなど厳しいお言葉を頂く事もあります。

でもそんな時は美味しい御飯を思い浮かべながら、愛想よい笑顔で30分を乗り切って下さい。

それでもどうしても難しい場合は管理者に相談しましょう。

頑張りましょう。それではお元気で〜

2019年08月20日

社内メールマガジン”アクティブ流”2019年9月号 巻頭言 中川利弘さん(大阪法人総務部長)

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最前列右端が中川さん(2016年と少し前の写真ですが)


始めまして・・・と言う方の方が、多いかと思います。

大阪法人、大阪事務所の中川です。

平成256月にアクティブにお世話になり今年で丸6年目、長いようで、非常に速かった6年かと思います。


わたし自身はこの世界では全くの素人で、何もわからず、一つ一つ丁寧に指導いただき、何とか今までやってくることが出来ました。


その当時の大阪事業所は、現在のカフェオーディナリー大阪の2階に訪問看護ステーションの事務所があり、1階はデイサービスリハカフェ東成でした。


松原サテライトから平成254月にアクティブ訪問看護ステーション大阪となり2ヶ月目の事で、床の抜けそうな、夏はエアコンも効かないほどの事務所で、春には羽蟻の大量発生もありました。


当時は中原PT(現:大阪法人統括本部長)が筆頭となり、主任の河井OT、村上ST(本年退職)、飛永PT(現:大正事業所運営責任者)が中心となり、現在の大阪法人の基礎を築いていました。微力ながらそのお手伝いが出来ればと思います。


その頃は職員は78人程でしたが、今では大阪で29名、サテライト大正14名、サテライト吹田13名となりました。

かなり大所帯となりましたが各事業所責任者の方々の努力で、円滑かつ和やかに運営できていると思います。


その間、退職された方もいますが、新たに仲間入りされた方も多数おられます。


PTOTST養成校の新卒者で社会人1年目の方もたくさん入って来られました。

地方から出てきて、初めての就職、不安で一杯だったと思いますが、日々努力と勉強を積み重ね、今では自信を持って訪問へ出て行かれる姿を見て、「成長って素晴らしいな…」と思っております。


私も昨年、(よわい)60歳、還暦を迎える齢となりました。

還暦、昔は本卦帰りと言いました。

本卦帰りとは、干支(十千十二支(じゅっかんじゅうにし))が誕生年と同じ干支が巡ってくることを言います。

自分が60歳!全く信じられないし、全く60歳の感覚はありません。(その感覚を持たなければいけないと思いますが)


若いころから好き勝手な事をしてきた人生でした。

写真が好きでその世界に没頭し、その道に進もうと思っていた矢先に90度方向変換、サラリーマンとなりました。


その後、サラリーマンを続けていくのかと思うと新劇の劇団と出会い、あっという間にその世界に飛び込んでいきました。

音響を中心に照明、大道具を自分たちで制作し、年間に数回の公演を行っていました。

決して収入があるわけではないので、自分たちでアルバイトをして生活をする毎日で、日曜日の百貨店屋上で行われる着ぐるみショーで音響の設置、そのショーに出演ウルトラマンや仮面ライダーや戦闘員の声を担当するアルバイトもしていました。

「さんまのまんま」に出ている「まんまちゃん」の初代に入っていた方に音響を教えていただいたのも、いい思い出となっています。


じゃあそのまま芝居の道に進むのかと思いきや、また90度方向変換し大阪市の外郭団体に就職したのが26歳でした。

その後結婚し、4人の子供たちに恵まれ(?)55歳で退職するまで29年間働いてきました。

まだまだ人生を語るには早すぎるとは思いますが、振り返っても満足のいく人生ではないけど、後悔も全くない人生でした。


誰かの言葉で、「人生、トントン」と言う言葉があります。


良い事も、悪い事も同じで、人間死ぬときにはトントンで終わる、そんな意味だったと思います。


これからもまだまだ好き勝手に、やりたいことをやっていく人生でありたいと思う今日この頃です。


周りの若い職員の方を見習い、パワーを頂き、事務では優秀な佐々木さんと言う相方に助けられ、今以上に頑張っていきたいとおもっていますので、引き続き皆様には宜しくお願い致したいと思います。

2019年07月20日

社内メールマガジン令和元年8月号巻頭言 大阪法人統括本部長 PT中原英雄さん


新しい元号とともに、大阪法人の統括本部長になった中原です。


東成区のリハビリテーション連絡会の代表に加えて地域の方々からの声もかかるようになり、現状の仕事をこなすことで精一杯ですが少しずつ大阪法人全体(今里、大正、吹田)の現状把握をしているところです。


今里の訪問事業所は今年5月に新しい事務所に移転し、東成区にきて三ヵ所目になりました。今回は郵便局の目の前に位置しているのでより区民の方々の目に付く場所になりました。


地域の方々からも「ここに移ってきたんか?」と声を掛けられる機会も多くなりました。先日は訪問看護の看板を見て訪ねてきた方から、ご挨拶でお渡しした名刺を見て「大正の事業所を知ってるわ」と言われ、大阪市内での弊社の認知度も出てきているなと感じています。


今回は管理職業務の一部について書きます。管理職は各事業所に1名以上配置されています。管理職業務は社内外のあらゆる調整役の立場なので、お褒めの言葉等のいい話しを頂くこともあればクレーム対応に追われることもあります。サービス件数が増えていくといろいろなことが起きるのでその都度適切な対応を心がけています。何かあって謝ることは簡単ですが、内容を吟味しないと後々大変なことになります。そのためまず一呼吸おいてから細心の注意を払いながら対応しています。クレームは医師や関係事業所、利用者様等々…電話で済むこともあれば菓子折りを持って…など、その対応は様々です。しかしながら、日頃の関係性をきちんとしておけば、問題は大きくならないということも実感しています。


新規利用者様の対応については、これまでの各責任者が過去の巻頭言でも書いたように、みんなが日々、苦労を積み重ねて今日の依頼につながっていることを忘れずに、その時のベストな対応を心がけます。依頼にも様々なパターンがあります。曜日、時間、経験年数、性別、手技、体験してから、自分のことを一番に思ってくれる人等々…要望は多岐にわたります。どうしても対応が難しい、新規枠がいっぱいという時でも、依頼者の話しをしっかりと聞き、見に行けるのであれば訪問し、利用者様、ご家族、ケアマネージャーさんに何かしらアドバイスできるように努めています。


また法人内の管理職会議を毎週木曜日に行っています。会議では各事業所の報告や今後についての話し合いを主に行っています。ここで各事業所の経験知や対応の諸々を共有できるのはとても勉強になり、そういう場があり責任者同士も安心できます。


今年2月のアクティブライブ2019前にスタッフのみなさんにご協力いただいたアンケートについてもこの会議で議論が続いています。各管理職は自身の事業所のことを優先的に考えて発言するため、意見がぶつかり合うこともあります。スタッフと利用者様にとってより良い最善の方法を考えながら話し合いを重ねています。


今回は管理職業務について書きましたが、各スタッフにはそれぞれ職場、仕事での役割、役目があり、そこにプライベートなことなどが入ってくれば、いろいろな考えや価値観の存在が見えてきます。それらをお互いに尊重しながら、各々が思いやって仕事に取り組める環境を作っていきたいと思います。私たちの仕事は"人"で成り立っているので、キモチ・ココロが入っていないとすぐに見抜かれます。特に利用者様の多くは私たちより人生の先輩です。弊社のスローガンの"らしくを生きる・活きるを応援する"をしっかりと考えたサービスができれば、必然と地域から必要とされる事業所になると感じています。


アクティブ大阪 中原



▼過去の社内メルマガの巻頭言はこちら↓

http://active-nopsj.sblo.jp/s/category/4446460-1.html


▼過去のアクティブライブの様子はこちら↓

http://active-nopsj.sblo.jp/s/category/4457821-1.html

2019年06月20日

社内メルマガ アクティブ流 7月号 生活シェルパ アン・ツェリンさん「モットーは『わからない。でも「やってみる!』〜自分にとってこの仕事は冒険〜」後編

前編の記事はこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/185900193.html




仕事の魅力、やりがい


その1


やっぱり喜ばれることですね。

利用者さんは色々な喜びを見せてくれます。

身体が元気になって喜ばれる、ご家族が介助を覚えることが出来て喜ばれる、料理が出来るようになって喜ばれる・・・様々です。

中には訪問に行っただけなのに大喜びされる利用者さんもいます。


その2


利用者さんと一緒に楽しめることも魅力だと思います。

アクティブに入社した秋のアクティブクラブが屋外でのバーベキューでした。

普段のデイサービスは事業者内の空間か事務所周辺を歩く程度ですが、アクティブクラブの活動場所は自然あふれる屋外でした。


今、思い出しても楽しくなります。


中でも印象的だったのが歩行に不安がある利用者さんのことです。

アクティブクラブに参加後、人が変ったように「私大丈夫や」と言い出し、お孫さんの卒業式に歩いて行き・・・そしてデイサービスを卒業していきました。


利用者さんが自分で自分のことが大丈夫と思えることは、なかなかありません。

一緒に喜んで楽しんだ出来事でした。



仕事をするうえで大切にしていること、心掛けていること


やっぱり手を抜くことかな?全ての仕事を全力投球していたら身体が持たないでしょう。

プロ野球の投手がすべてのイニングを160キロで投げ続けたら肩を壊して引退でしょう。

少しでも長く続けようと思ったら手は抜かなないとね。


どのようにして手を抜くかも大切ですね。

40分のリハビリを10分で終わるわけにもいかないし、話すばかりで終わるのも苦情がでるし・・・


アクティブに入社した頃、リハビリの希望としてマッサージが多くてビックリしました。

ケアマネさんにもしっかり施術して下さいって言われるし・・・マッサージを40分ってつらいですね。

音としてはマッサージ師に頼んでよと心の中で叫ぶけど聞いてくれたことないしね。

そこでどうやって手を抜くか?


家庭用マッサージ器を持ち込もうと思ったけど、それもどうかと思うし・・・やっぱり自分の手を使うしかないわけで、考えに考えて手の摩擦係数上げてみたら楽になるだろうと考えました。

何で摩擦係数あげるかというと野球選手や体操選手が使うロジンバッグを思いつきました。

でも白い粉が利用者さんの服に着くし、それに代わるものを探しに探したらありました。

PD9液体チョーク!!ポールダンス用の滑り止めとしてAmazonでも買えます。


無色透明で手に付けたときもサラッとしている割に摩擦力は確実に向上します。

よってマッサージも楽ちんになりますね。

素手で頑張ったらしんどくて仕方ないよね。

やっぱり手を抜かないと・・・機会があれば試してみて!


家庭と仕事の両立の秘訣は?


家庭と仕事の両立はしていません。殆どが妻におまかせです。


私がしているのは@洗濯A光熱費などの家計管理B掃除(主に風呂と家まわり)Cゴミの分別とゴミ出しD子どもがクラブで遠征したときの車での送迎E子どもの通院・・・あ〜書き切れない!!とにかく両立している実感はありません・・・以上。


生きがい


これはいちばん難しい質問かもしれません。

ある人物のことが思い出されます。

その人とは故・植村直己という冒険家です。

43歳のとき冬季マッキンリー単独登頂に成功し、下山途中で消息を絶ちます。

彼が冒険、登山を始めたのは大学生のときで、それから卒業後も就職もせずに冒険に打ち込み29歳で世界初の5大陸最高峰登頂者になります。

そして結婚して家庭を持ちますが冒険を止めようとはしなかったそうです。

周囲の反対を押し切って北極圏を犬ぞりで冒険したり、冬季エベレストに挑んだりと全く止める気配はなかったと言います。

そんな周囲が反対する中、植村の発した言葉が印象的でした。


「生きている実感がほしい」


5大陸の最高峰に立てたことでも十分だと思うのですが、なかなか生きている実感まで辿りつかなかったのでしょうね。

私はこの仕事を通して冒険していると思っています。

今は地域という樹海を冒険しています。

楽しいことも沢山あるのですが、生きがい、生きている実感までは辿りついていません。

だからこの質問は模索進行中というところでしょうか?


モットー


座右の銘という解釈で書いていきたいと思います。


「分からない」ですね。


日本を代表する哲学者、西田幾多郎が発した言葉でも有名ですね。

大学の講義中に檀上を歩き回って、歩き回って「分からない」とだけ言って帰ってしまったそうです。

それだけ考えに考えていたのでしょう。

私もこの仕事をしていて「分からない」と思うことが多々あります。

でも諦めの分からないではなく、探し求めての分からないだと思っています。

だからその後に「でもやってみる」が付きます。


「分からない、でもやってみる」そしてそれを出来るのは応援してくれる会社環境のおかげだとも思っています。

ところでこの「分からない」と発している人が身近にいますよね。

当社のメルマガ創刊号を参考にして下さい。

きっと頼もしい言葉にも思えるはずですよ。


創刊号の記事はこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/180330348.html


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今までOTをしていて良かったと思うこと


今まで精神科、回復期、地域と勤務してきました。各々で感じた良かったと思うことをお話ししたいと思います。


〜精神科〜


とにかく患者さんに優しい人に沢山出会えたことが良かったと思います。

精神科に就職した頃はまだまだ偏見の目が強く、「精神科=怖い人」という考えが定番でした。

それに負けることなく皆で患者さんを応援していました。

職種の垣根を感じることなく、本当に皆で患者さんを応援していました。

先日、以前勤めていた病院の患者さんの今の生活について知る機会がありました。

陽性症状が強く、生活能力もあまりない患者さんで長期入院だったのですが生活訓練施設ができたことをきっかけに退院したとのことでした。

その背景には長年、その患者さんを支え続けた看護師さんがありました。

誰もが匙を投げた患者さんだったのですが、その看護師さんは出来ると信じて優しく支え続けたことは十分に想像がつきます。

そんな優しい人が本当に沢山いました。いい出会いがあった職場だと思います。


〜回復期〜


ここでは大きく変わって病院が儲かる仕組みが良く分かりました。

回復期では患者さんは元気になって退院していく姿は本当に感動的でした。

しかし、その裏ではしっかり経営管理された儲かる仕組みも強固なものでした。

精神科はどちらかというと優しさと使命感の塊でしたが、回復期は儲け第一という雰囲気でした。

病院も儲けを追及しないと倒産してしまう時代なので経営管理の大切さはよく分かるのですが、私には馴染めませんでした。

でもそんな相反する世界を体験出来たことは良かったと思っています。


〜地域〜


訪問の仕事になると自宅にお邪魔することになります。

その人なりが見えてきます。

その人の歴史をみることで、なぜそうするのかという理由もみえてきます。


よく利用者さんのご家族からのニーズとして「頑張って運動してほしい」という希望があります。

その言葉をかりて「頑張って運動しましょう」と言い続けていました。

そしたらその利用者さんは体調不良を理由によく休むようになってしまいました。

家族の頑張ってほしいという思いとは正反対の結果になりました。

決してきついリハ内容でもないのにと考えに考えました。

でも分からないままでした。


何か解決策はないかと考え、その利用者さんの生まれ故郷である金沢の生家を訪ねることにしました。

そして写真を撮って生家を訪ねたことを利用者さんに話ました。


そして、これまで頑張りに頑張り続けた人生をポツポツ話してくれるようになりました。

だから「今はゆっくりしたい」と話されたことが印象的でした。

それから「頑張って運動しましょう」を言うのも止めました。

そしたら利用者さんの方から頑張るようになり、休むことも無くなりました。

生活を知ること以上に人生を知ることの大切さを教えてくれた利用者さんでした。


このように色々な経験、出会いがあったことがOTをしていて良かったことではないかと思います。


当時の記事がこちら→http://active-nopsj.sblo.jp/article/174709641.html


成功体験


近年、異常気象が続いています。

昨年、夏の台風は怖かったですね。

我が家の物干し場の屋根も飛ばされて壊れてしまいました。

大工さんがなかなか来てくれないので自分で修理しました。

とても満足しており、ここ近年では一番の成功体験だと思っています。


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《壊れた直後》


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《修理後》

「予防」ということについて、どのように捉えていますか?


思い浮かぶのは東京の日比谷公園で発生?した鉄棒クラブでしょうか?
健康な生活を続けていくために運動が自然に出来ることが予防始まりではないかと思います。

私たち療法士が利用者さんが住む地域に出張して体操指導しに行くような活動があってもいいですよね。
泉北版の鉄棒クラブのようなものができ上がっていけばいいなと思いますね。

日比谷鉄棒クラブの様子はこちら→http://www.ntv.co.jp/burari/071208/info03.html

若い経験年数の浅いスタッフに、一声かけるとしたらどのような言葉をかけますか?

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一声目は「利用者さんを心から思ってほしい」です。


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もう一声としてはこうなってほしくないと思います。

OTの仕事を一言で言うとしたら?


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一言で言えば「道楽」です!!


インタビューを受けてみて・・・

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ワクワクしつつも限界も感じる取り組みでした。自分と向き合うのも程々がいいと思いますよ・・・ここ数週間で体重も減少しました。



▲キャリアインタビュー記事編集担当より

今回のインタビュー記事は一見すると、オモシロおかしい、ユニークな内容ばかりが目立つ感じもあるかと思います。
しかし実際に取材をさせていただいていると、その一つ一つの内容の奥にはとても深い考察が含まれていることを感じました。

後編記事後半の質問にある「若い療法士に向けた言葉」や「OTの仕事」に関する回答も一言で答えていただきましたが、『療法士として』の前に『社会人として』大切なことをまず学んでほしい。
社会人としての基礎を築いた上で療法士としての基礎を築いていってほしい、ということを強く話してくださいました。

私自身どう考えていけばいいかわからないケースを担当させていただいた時、即時的な効果が出せる方法や理論に飛びつきそうになることが今でもあります。

しかし絶対に近道はないのだと改めて教えていただきました。

イチロー選手が今年3月に野球界を引退されたのは皆さんの記憶にも新しいと思います。
そのイチローがある対談番組で、トレーニングで体を大きくし、それを活かすことが流行っている傾向についてどう思うかの質問に、「全然ダメ」と即答していました。

イチロー選手も過去にウェイトトレーニングをしていた時期があったらしいですが、必要以上に筋肉をつけるとバットスイングスピードが落ちたそうです。

そうした失敗を何度も繰り返すうちに無理な筋トレはかえって良くない、という結論に達したそうです。

インタビュアーからそうした失敗をしないための近道があるのではないか?と質問がありましたが、イチロー選手は「無理だと思います。失敗しないでそこにはたどり着けない。着いたとしても深みは出ない。遠回りすることはすごく大事」と話していました。

私たち医療、介護の世界では経験年数が10年、20年と積み重ねたら、自然と技術、知識が積みあがってくるのではないかと思いがちです。

しかし簡単な道は決してありません。
たくさんの挑戦と失敗を繰り返し、足場をしっかり固めていくことが、安定した地盤を作ることになり、利用者さんからも信頼される医療、福祉従事者になることができるのだということを今回の取材で学ばせていただきました。

◆インタビュー及び記事編集担当

心意気実践チーム&泉北事業所:室之園



参考文献

・作 夢枕獏 画 谷口ジロー 神々の山嶺 集英社

・井上雄彦 SLAMDUNK(スラムダンク)講談社

・森下典子 日日是好日 新潮文庫

・永崎裕麻 世界でいちばん非常識な幸福論 いろは出版

・金井壽宏 働くひとの人のためのキャリア・デザイン PHP新書

JDクランボルツ その幸運は偶然ではないんです! ダイヤモンド社

・三好春樹 高口光子 リハビリテーションという幻想 雲母書房

メールマガジン”アクティブ流”令和元年7月号 巻頭言 理学療法士(PT)の政岡徹則(まさおか てつのり)さん(吹田事業所主任) 「積極的に地域へ出て行き、アクティブの活動や魅力を発信したい」


皆さんはじめまして。理学療法士(PT)の政岡徹則(まさおか てつのり)と申します。簡単ではありますが、この場をお借りして自己紹介と決意表明をさせて頂きます。


私が2014年に大阪事業所に配属となってから5年目になりますが、今年の4月からは吹田事業所の主任として働かせて頂くこととなりました。よろしくお願いいたします。


私自身これまでの人生で吹田を訪れた事はほぼなく、縁もゆかりもない場所という印象でした。


7年前私がPT1年目の時に担当した重度片麻痺でリハビリに難渋し特に印象に残っている方のお宅に、吹田事業所の伊藤さんが訪問リハビリで行っているとつい先日知り、ご縁があったのだなと感じています。


私は平成元年5月生まれで、現在は令和元年。新天地での再スタートということもあり生まれ変わった様な気分になります。


出身は奈良県で今は高槻に住んでいます。趣味は海釣りとサッカー、フットサルです。


サッカーは最近全然できていませんが釣りは絶好調です。先日はメジロ、キジハタ、マゴチを釣り美味しくいただきました。特にマゴチは今が旬で美味しく天ぷらが最高なので皆さんもお店で見かけたら是非食べてみてください。


私のPT歴ですが、学校を卒業後は病院へ就職し3年間勤務しました。その間に急性期、回復期、維持期を経験することができたという事もあり、若い間に訪問も経験したいと考え転職先を探していましたが、最終的には当時学校の先輩が勤めていたアクティブへの就職が決まりました。


入職直後は「病院でしていたリハビリを家でするだけ。」という浅はかな考えでリハビリをしていたため機能的な部分にしか目がいかず、利用者様の活動や参加といった面には積極的に関われずに過ごしていた様に思います。


アクティブには新卒で入職された方も多数いらっしゃいますが、皆さんそれぞれの個性を生かし一人前の療法士として活躍されている事を考えると、訪問はベテラン療法士でないと通用しないといった考え方は間違っているのではないかと思っています。


実際私も以前の職場を退職する際に「もっと経験を積んでからの方が良い」と上司に反対されました。もちろん訪問する上ではリハビリの技術や医療、看護的な知識は必要不可欠ですが、何より型にとらわれない柔軟な発想やチャレンジ精神が重要なのではないかと経験を積む中で思うようになりました。そういった意味では、まだ経験年数の浅い療法士が活躍できる場であると考えているので、吹田事業所に勤務している3年目までの療法士の方にも積極的に経験を積んでいただき、一緒に頑張っていきたいです。


また、そうして成長した療法士の活躍の場を拡げるためにも、私自身が積極的に地域へ出て行き、アクティブの活動や魅力を発信したいと思っています。


吹田事業所の歴史の一部はブログを拝見し知ることができましたが、吹田事業所は軽部さんを筆頭にたくさんの方が携わり尽力されてきた中で作り上げられたものだと改めて実感しました。


吹田事業所に配属になってからまだ間もないですが、訪問においてもデイサービスにおいても利用者様からの信頼が厚いということを強く感じています。私が今、吹田事業所の一員として力になれることはまだ少ないですが、今後も利用者様に充実したサービスを提供し、地域の中核として認め続けていただけるように努力していきます。


大阪法人、松原法人の管理職の方々、また吹田初め各事業所の先輩の方々、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。


最後になりましたが、中原さん初め大阪事業所の皆さんには本当にお世話になりました。まだ大阪事業所で担当させて頂いている利用者様がおり、今後も顔を出すと思うので今後ともよろしくお願いいたします。

最後まで読んで頂きありがとうございました。



デイサービスにて、新人理学療法士の馬場さんに直接指導(写真左が政岡さん)

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歩行練習の評価と治療を指導中
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追記)
PT1年目の時の7年前に担当した重度片麻痺の方とご家族さまから、
「政岡さんが半年間一生懸命リハビリをしてくれはったから、今歩けてるんやね、有り難いわ」。
と、感謝の言葉がありました。(訪問担当:伊藤)

2019年05月20日

社内メルマガ アクティブ流 6月号 生活シェルパ アン・ツェリンさん「モットーは『わからない。でも「やってみる!』〜自分にとってこの仕事は冒険〜」前編

生活シェルパ?


アン・ツェリン??


誰???


日本人????


皆さんそう感じたかと思います。

これには色々と理由があり、ご本人と相談した結果、このまま掲載させていただくことになりました。


詳細は今月、来月のキャリアインタビュー記事をご覧になっていただければわかると思います。


まず初めに『生活シェルパ』について。


これはご本人が造った造語です。

もともとは『シェルパ』と言い、《チベット語で東の人の意》エベレスト南麓 (なんろく) の高地に住むチベット系ネパール人。 農耕・牧畜・交易などに従事。 ヒマラヤ登山隊の案内人としても知られる。【goo国語辞書より】


という意味です。


次に『アン・ツェリン』というのは、ネパール山岳協会の会長を務めた方です。


差し詰め『生活案内人』とでも言いましょうか。


さて、今回はそのアン・ツェリンさんに、25年の作業療法士、リハビリテーションの歳月を余すところなく語っていただきました。


取材させていただいた私が一番ワクワクしたんじゃないかと感じる内容になっています。


ではどうぞ。



1.今の仕事に至ったきっかけ、経緯


経緯が長いので、この仕事に就いたきっかけとしてお話しします。

職歴としてはザックリと精神科15年、回復期5年、アクティブに入社して5年になります。

今思えば明確な目的やきっかけを持ってその分野で働き始めたことは一度もないと思います。


卒業して直ぐに就職した精神科は「就活として病院見学に行くとタダでお酒を飲ませてくれる」と友だちに誘われて行ったのがきっかけで精神科に就職する気持ちなんて全くありませんでした。

学生時代、精神科の授業が一番嫌いで精神科作業療法のテストで0点をとったくらいです。


でも病院や患者さんの雰囲気がよくて気が付けば、就職して15年の月日が流れていました。

定年まで勤めるだろうと誰もが思っていたのですが、毎日往復4時間の通勤はきつく体調不良をきっかけに地元での転職に踏み切りました。


南大阪では精神科病院の求人はなく、知人に相談したら「老健だったら精神科経験だけでも働けるよ」とアドバイスをもらい転職することにしました。


ところが配属先は病院リハビリテーション室でした。世は回復期バブルで人手不足ということもあって、老健ではなく病院に配属になったようです。


どうにかこうにかして回復期で仕事が出来るようになったのですが、ふと疑問が沸き上がってきました。

「退院した患者さんはどうして生活しているのだろう?」


そんなことを病院の相談員に話したら、「アクティブっていう面白い会社があるよ」「デイサービスと訪問やっていて、利用者さんに何かあったらバイクでピャ〜って行くねん」「行ってみる???」と。


よく分からないまま会社の話を聞いてみようと阪東さんに時間をとってもらい色々話を伺いました。

想像していた以上に「おもろい」と思い、そして所属はどうしますかと尋ねられ各事業所をまわりました。

そこで泉北事業所が「すごくおもろい」と思いアクティブへの転職に踏み切りました。

阪東さんの話と泉北事業所の雰囲気で決めたことになります。

流されに流され偶然と自然に身を任せた職場選択だったと言えるかもしれません。


2.今の仕事、働き方


訪問が3.5日、デイサービスに0.5日勤務しています。

家庭の事情で勤務日を調整して雇用して頂いているのは大変助かっています。

「すごくおもろい」に加えて「あたたかい」会社だと思います。


仕事の内容はみなさんと同じで平均的な業務内容だと思っています。

特に変わっていることと言えば訪問業務だと、開始時間が早くなるのと、終了後のお茶の時間が長いことです。

開始時間は早くて30分くらい早めに行くこともあります。


訪問業務ではどうしても空き時間ができるときがあります。

事務所が近いときは戻ることもあるのですが、遠いときはどこかで空き時間を過ごさなくてはいけません。

そんなことを利用者さんに話したら「早めに来てテレビでも見てゆっくりしたら」と言って頂いたので、断る理由もなくそうすることにしました。


終了後のお茶時間は楽しみで、「美味しい煮物が出来た、食べていって」と言って頂いたときは1時間半くらいゆっくり過ごさせて頂きました。

完全なる仕事サボりですが、もう時効成立しているので、ここでお話しすることにしました。


それから担当者会議へも時間が合えば参加するようにしています。

ご家族の都合で18時以降に会議があることもあります。

でも介護保険の更新時くらいしか開催されないので、参加して経過と今後の方針についてはしっかり伝えるようにしています。


また居宅への報告書配布にも行くようにしています。

ケアマネさんは忙しいのでなかなか会うのが難しいですが、居宅への営業を重ねているとその事業所の一日スケジュールが分かってくることもあります。

その時間を狙っていけば会える確率はかなり大きくなります。


特に会える確率が高いのは雨の日ですね。

雨の日は外回りが減るのでねらい目だと思います。


更には訪問卒業終了後のモニタリングにも行くようにしています。

領収書の配布がてらに様子見に行くようにしています。

元気にされていると、こちらも元気になり嬉しいものです。

そんなこんなでいい働き方をさせてもらっています。


3.仕事での醍醐味、苦労


〜醍醐味〜

「冒険のような毎日であること」につきると思います。

リハビリにしても作業療法にしても日常生活をどうするかが仕事だと思っていました。

病院ではリハビリ室に患者さんを連れていくことがリハビリのような感じでした。

アクティブでの仕事はすっかり冒険的になってしまいました。具体的に話していきましょう。


その1

入社して直ぐに担当した利用者さんでした。契約手続きから担当者会議まで参加した利用者さんなので今でも思い入れがあります。

訪問初日、少し早めに自宅に伺いました。インターフォンを押したのですが反応がありません。


留守でした。


少し待ちましたが帰ってくる気配がありません。

ケアマネに電話連絡したら飛んで来てくれました。

訪問初日ですっぽかしは悪いと思ったのでしょう。

結局、その日の訪問はキャンセルになりました。


仕方なしに事務所までバイクを走らせているといつもの道が珍しく渋滞していました。


事故かな?と思いつつバイクを走らせていると男女二人が手をつないで道をゆっくりと歩いていました。


あまりにも横に広がって歩いているので、その二人が車を遮って渋滞を起こしていたのです。


危ないなぁ〜と思って追い越すと、何と訪問予定の利用者さんでした。


しかも家とは違う方向に向かって歩いていました。

後日、話を聞くと二人で外食に出かけていたようです。

何とも言えない初回訪問でした。


その2

団地で一人+α暮らしの女性です。

とても個性的でこれまた印象的な利用者さんでした。

+αは犬が三匹です。


とても野性的な生活で夏はクーラーもなく、冬は暖房器具もありません。

でも犬たちと元気に暮らしていました。


とても気を遣われる利用者さんで暑い夏でも、寒い冬でも冷たい牛乳をコップに入れて出してくれます。

断っても必ず牛乳を出してくれます。

実は私は冷たい牛乳が苦手で、でも断っても出てくるので飲まざるを得ません。


その訪問に行く前日から絶食です。

そうすればお腹を壊さずにすみます。


なかなか自分のお腹管理が難しい訪問業務でした。

この利用者さんについては書き出したら、原稿用紙10枚あっても足りないのでこのくらいにしておきます。


その3

妻、長女、利用者さんの三人暮らしの利用者さんです。

介護度が高く、自分で意思表示が難しい利用者さんでした。

ある日いつも通り訪問したのですが、何故か元気がないような印象でした。

バイタルは特に問題ありません。そこから長考に入りました。


ご家族の会話もたどたどしく不自然です。

探りに探ってついに見つけました。


高熱を出していたのですが、訪問前に解熱剤を服用させて熱を一時的に下げていました。


体調不良を見せてはいけないと考えたようです。

直ぐに主治医に往診を依頼して事なきをえました。


病院では患者さんは体調不良があり助けてもらうという前提でやって来ます。


病状を隠すことはしません。

でも在宅では家族はいい介護者になろうとします。

だから高熱を何とか隠そうとしたみたいです。

ご家族の立場を考えさせられる出来事でした。


「初回訪問をすっぽかされる」、「毎回、牛乳サービスがある」、「体調不良を何とか隠す」こんなこと病院業務では絶対にありません。それでもどうにかこうにか対応している中に醍醐味を感じるように思います。


〜苦労〜

経験が長いので苦労はなさそうに思われます。

でもこの仕事も利用者さんも奥が深いので苦労だらけです。

でもよくある苦労は誰も同じかと思います。具体的に話していきましょう。


その1

実はバイクに乗ることが好きでないことに最近になって気が付きました。

小さい頃、仮面ライダーに憧れて大きくなったらビッグバイクに乗ろうと決めていました。

16歳で直ぐに中型2輪免許を取得しました。

そして、子どもの頃の夢を実現しようと26歳で限定解除(旧道路交通法の2輪免許区分)しました。


お金が貯まったらビッグバイクを買おうと思いつつ月日は流れてしまいました。

アクティブに入社して毎日仕事でバイクに乗れるなんて幸せだろうと思っていました。


しかし最近はバイクに乗ることが苦痛にさえ感じることがあります。

何故なのか長考しました。


実はバイクに乗るよりカスタム(合法改造)する方が好きだったのです。

あおり運転やら何やと公道って怖いですよね。

あまりバイクで走りたくないと思う自分がいます。

でもカスタムは作る楽しさがあります。

そのカスタムのおかげで毎日バイクに乗れているようにも思いますが、どちらかと言えば苦労だと思います。


その2

方向オンチであることに苦労しています。

道を覚えるのは苦手で新規の訪問が決まると最低2回は下見に行きます。

それでも一回で辿り着いたことはありません。

バイクの運転が好きでもなく、方向オンチなんて訪問には向いてないなと思います。


しかしありがたいことに周りには助けてくれる人がいます。

訪問の導線については責任者の北山OTが配慮してくれるし、近道も教えてくれます。


またタクシー運転手としていた利用者さんも道を覚えるコツを教えてくれます。

様々な支えがあってこんな苦手があっても訪問業務が出来ています。


その3

一人暮らし宅を訪問するとき心臓の拍動が激しくなります。


これはアクティブに入社してから始まりました。


訪問業務を始めて半年くらいしたときのことですが、ある単身で生活されている利用者さんの家に訪問に行きました。

いつものようにインターフォンを鳴らしたのですが、不在でした。


聞こえてないのかもしれないと思い2回目を鳴らそうとしたのですが、体が跳ね上がるくらい拍動が激しくなりインターフォンが鳴らせませんでした。


不思議な感覚だったのですが、それ以降も一人暮らし宅を訪問するときは拍動が激しくなっているのが分かりました。


不思議に思って考えに考え長考に入りました。


長い間、分からないまま月日は流れました。


ある日15年くらい前に担当していた患者さんが夢に出てきました。

そしてインターフォンを鳴らす前の感覚を思い出しました。

その患者さんはデイケアに通所されていました。

お酒とジャズが好きで自宅に何度か訪問していました。

ところがある日、欠席が続くようになりました。

たまには休むこともあるだろうと軽く考えていました。


ところがあまりには欠席が続くので訪問したのですが、応答がありませんでした。


大家さんにお願いして鍵を開けてもらいました。

部屋の中は荒れていてベランダで倒れていました。


既に亡くなられていました。


警察の検死の結果、死亡推定時刻は私が訪問した前日の夜でした。


欠席を不自然に思ったときに訪問していれば死なずに済んだかと思うと今でもとても後悔している出来事でした。


一人暮らし宅の訪問時に拍動が激しくなり体が動かなくなるのは、このことがトラウマになっているのだと思います。


しかしそれは今では強みになっているのか、利用者さんの様々なことに気が付ける研ぎ澄まされた何かになっています。

先に話した体調不良を隠していた家族のことに気づくことが出来たのもこの何かだと思っています。


後編(7月号)に続く


2019年04月16日

山ア診療所だより(最終回) 2019年4月号



4月になり桜も咲いてようやく春になりましたが、天候不順で花冷え・寒の戻りもあり体調管理が大変ですね。
今年は「平成」から「令和」へと年号が変わり、新しい時代の幕開けに「令和」が良い時代になるよう期待してしまいます。
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山ア診療所のPT真鍋です...と挨拶させていただくのは今回が最後になります。

と言っても退職するわけではなく、2019年3月末で私の山ア診療所への出向業務が終了となり、それに伴い、アクティブの新人療法士さんの出向業務(医療機関でのリハビリ業務)も終了になりました。

 これまでの出向業務において、アクティブと山ア診療所の皆様からご理解・ご協力をいただきまして誠にありがとうございました。皆様のおかげで出向業務をどうにか遂行することができました。

3年余りの出向期間でしたのでほとんど「ヤマサキのヒト」になりかけていましたが、山ア診療所では外来・訪問・通所リハビリ業務とリハビリ科運営サポート、出向していただいたアクティブ新人療法士さん達の育成等をさせていただき、療法士として色々な事を学ばせていただきました。

特に育成に関しては人材育成することの難しさと私の指導力不足を実感しました。
これまで出向していただいた11名の新人療法士さん達の今後の成長に山ア診療所でのリハビリ業務の経験が少しでも役立ってもらえればと思います。

4月からはアクティブに戻り、大阪法人の訪看・訪問リハ業務や管理業務と新人療法士さんの育成を担当させていただき、山ア診療所は非常勤でフォローさせていただきます。

私自身まだまだ力不足のため不安もありますが、また新しい事に取り組める喜びと期待感が強いです。

山ア診療所での出向業務で学んだ事を活かして地域で必要とされる療法士となり、またそのような人材を育成出来るようになりたいと思いますので、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

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2019年02月20日

メルマガ2019年3月号 巻頭言 「自己紹介 ST山川潤(大阪法人STリーダー)さん」

2019年2月から大阪(今里)事業所に配属になりましたST山川です。
大阪はまだまだ寒いですが、沖縄ではサクラが咲いたようです。
写真は沖縄です。
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春の近づきを少しずつ感じることがあり、待ち遠しい気持ちになります。

しかし、まだまだ寒い日が続きます。皆さまお身体に気をつけてください。

大阪(今里)事務所への異動にともない、リーダーとして働かせて頂くことになりましたので、自己紹介と決意表明をさせていただきたいと思います。

出身は沖縄の宜野湾市です。

アクティブにとって初めて新卒の言語聴覚士として2014年に入社しました。

入社前に上司の碓井STに「なんでもできる在宅のSTになりたい」と話していたこともあり、松原事業所だけでなく今里事業所や吹田事業所のデイ業務や訪問業務にて色々な先輩方々と利用者さんに関わらせていただきました。

周りからは緊張しているように見えないようですが、当時はお話するだけでガチガチに緊張していました。

また通常業務に加え失語症漫才や学会発表、失語症者の集い、養成校での講義などの経験をさせてもらい少しずつ自信につながっていきました。もちろんまだまだ未熟ですから、今後も今まで以上に精進します。

リーダー職のお話をいただいたときは、経験年数の浅さや受け身な性格もあり自分に務まるのか悩みました。

これも私にとって必要不可欠な経験ができると考え、なんでもできるSTに近づくことができると思いリーダー職を受けさせていただきました。

アクティブでは初の新卒STということもあり、「新卒から地域、訪問でいいのか?大丈夫?」と周囲から聞かれることがあります。

いつも答えに悩み、正しいかどうかわかりませんでした。しかし、少しずつ経験を積むことで自信が増えて自分の中で答えがでてきました。

「新卒から地域、訪問、アクティブで大丈夫」

新卒から入社しても、アクティブの業務や勉強会を経ることで訪問や地域に貢献できるようになる。と思います。

最後に

新人療法士の気持ちは分かりますので、不安なことや壁にぶつかったとき、何がわからないのかなど、なんでも聞いてください。またスタッフの皆さんが気軽に相談でき、ストレスなく働けるように走り回って少しでも貢献できたらと思います。

これからもよろしくお願いします。



2017年7月 メルマガ創刊号時の山川STのインタビューを掲載します。
山川STの1年半の変化を感じます。

『考えることが苦手な言語聴覚士 なんでもできる環境でなんでもやる!』

「おばあが大好きだったので、高齢者と関わる仕事がいいと思って」。
言語聴覚士に就いた理由を聞くと、山川潤はふるさと沖縄の訛りを残しながらそう答えた。

養成校の実習で挫折を経験した。徹夜してもレポートが書けない。
「実は考えることが苦手。作文は最悪、小中高と出したことがありません」。
指導者に何を質問していいかもわからなかった。落第し留年が決まる。気持ちが続かず、休学を選んだ。
休学中、愛知県の自動車工場で働いた。初めての一人暮らし。無心で働き、仲間と遊んだ。この半年間が人生で一番楽しかったと振り返る。流れ作業は考える必要がなく楽だったが、一度自分のミスでラインを止め、それが他のラインにも影響を及ぼした。働く責任を感じたという。

復学後、再実習ではレポートが書け、質問もできるようになった。
「一度目の実習は学生気分でした。どうすればよりよい結果が得られるのか、働くことへの意識が変わった」と理由を語る。
実習先の病院から就職を誘われたが、次の実習で訪問を経験。病院より訪問で必要とされていると感じ、訪問の道を選んだ。

入職4年目、今の職場を「なんでもできる環境」と話す。
リハビリテーション、先輩への相談ができ、活動参加への関わりや学会発表も望んで挑戦した。活動参加の1つとして、失語症者の森氏と漫才コンビを組み、依頼に応じ、全国へ飛ぶ。

今年度、母校での山川の漫才と講義をきっかけに後輩が入職。山川はアドバイザーを担う。
「僕の1年目はひどかったと思う。自分の1年目を思い出します」。
まだ自分からどこまで働きかけようか迷っている。今は聞かれたことに答える程度にしているそうだ。
「後輩の緊張がなくなるまではゆっくり行こうと思っています。訪問同行してちょっとずつ質問が出てきたらいいかな」。
今でこそ、変わったが自分も最初は先輩に質問が全くできなかったことを振り返っての、指導方法のようであった。

今、言語聴覚士としての自分をどう見ているのか。
「考えることは今でも苦手です。何気なく考えられない。よし考えるぞと姿勢を作らないと」。
でも、考え抜いた練習で、ことばが出にくい失語症の利用者さんからスムーズにことばが引き出せたとき、やりがいを感じると話す。

今後についてたずねると「むいているのは工場、考えなくていいですし。でもずっと言語聴覚士はやっていきたい、やっぱり楽しいのかな。それでもいつかはおばあと畑仕事しているかも」とはにかんだ。
インタビュー・記事編集)ST水野(松原)
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▼失語症漫才コンビ"呑んべーず"の活動レポートはこちら↓
http://active-nopsj.sblo.jp/s/category/4455206-1.html 
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社内メルマガ アクティブ流 3月号 理学療法士 佃(つくだ)彰さん「利用者さんにとってリハビリテーションは趣味であり、エンターテインメント」後編

リハレクバーバーズとして、リハの要素を取り入れたレクリエーションを伝える活動をされている佃さん。

後編では健康指導・介助指導・後輩育成についても話してくださいました。



佃PTのインタビュー前編はこちら。

http://active-nopsj.sblo.jp/article/185315562.html



●地域リハの分野でやってみたいことはありますか?



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リハに限らず、福祉の楽しさを伝えたい。

健康指導や介護現場に必要不可欠な介助指導を広め、介助は考え方で楽になる!福祉現場で働くことは、今はもうしんどいことじゃないことを伝えていきたいです。



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●今の具体的な活動について教えて下さい。


介護エンターテインメント協会での活動は年に23回、あとは他のイベントで、大体一年間に56回くらいですかねぇ。


楽しさを伝える、という部分ではマジックを披露して、色々な施設をまわる活動もしています。



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●マジックで楽しさを伝えるとはどういうことですか?


マジックを僕が披露するだけじゃなく、実際に介護スタッフの皆さんに教えて、利用者さんとの関わりに活かしてもらえたらなぁと。


マジックは集団レクリエーションで楽しい時間を過ごす手段であり、相手に感謝の言葉を伝える、コミュニケーションツールでもあります。


感謝の言葉を口で伝えるより、マジックが入ると、驚きや感動がプラスされると思うんです。


介護スタッフの方がマジックをマスターして、敬老の日や誕生日会イベントで利用者さんにマジックで感謝の言葉を伝えたら、もしかしたらいつもとは違う利用者さんの反応を引き出せるかもしれない。


マジックがそんなキッカケ作りになれば良いなと思いながら活動しています。



●健康指導、介助指導について、具体的にどのようなことをしているんですか?



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介助指導は理学療法士としての知識、技術に加え、今勉強している、「キネステティクス(人の動きについての学習)」の理論をもとに、介護スタッフの方や一般の方にアドバイスする活動をしています。


具体的には『自分の体の動きに気づいてもらう』体験をしてもらい、どうすれば楽に体を動かすことができるのかを考えて頂くきます。


だから僕はあまり技術的な方法は伝えないようにしてるんですよ。


技術や方法を教えると、それが当てはまる対象者にしか使えなくなり、結果的に現場で通用しないものになってしまいます。


「自分がどうすれば楽に体を動かすことができるか」という気づき』を伝えられれば、どんな対象者にも応用が効きますから。




●そういった活動を実践している中で印象に残っていることはありますか?


先日、自宅で父親を介護している一般女性の方が参加してくれたんです。


その日は小学生の娘さんが一人で留守番をしないといけないと聞いたので、是非娘さんも一緒に参加して下さいと勧めました。


僕の介助指導を娘さんも興味津々に聞いてくれ、みんなで練習する時に、娘さんが「私もやりたい!」って言ったんです。


対象者は180cm80kg程の大きな方だったんですけど、娘さんがその方をコロコロとベッドで寝がえりさせてました。



後日、その一般女性(お母さん)から届いたメールには「今では娘が父の移乗、トイレ介助を手伝ってくれています」とありました。


娘さんが介助できるようになったこともですが、介助指導をキッカケに、家事や介護で日々忙しいお母さんの負担を減らせたこともうれししかった。


おじぃちゃん(お母さんの父)も孫に介助してもらう喜びもあったでしょうが、これ以上孫に負担をかけられない!気持ちが出たのか、今ではおじぃちゃん一人でトイレ動作ができるようになったみたいです。


そのメールを読んで、あぁ、この活動を続けてて良かったなぁと感じましたね。


●なりたい自分や目標などあれば教えてください


他の人から「あの人はいつも楽しそうやなー」と思ってもらえるような人間であり続けたいですね。


『否定しない』『自分が知っている領域とは違うことを知る』ことを意識するよう心掛けています。


僕はPTですが、PTの知識、技術があれば良い訳ではないと思ってます。


利用者さんの昔の仕事、やりたいこと、興味のあること等、色んなことを知っておかないと、その人の本当にやりたいことや興味のあることに共感できないと思うんです。


もし、利用者さんが弁護士なら、弁護士の勉強をします。


どんなことにも興味を持って、知ることを嫌がらないようにしています。あと、自分と関係ないと思ってたことも、知っていくと案外リハビリに繋がってたりするんですよね。



●先ほどおっしゃっていたマジックですが、リハビリテーションに活用することもあるんですか?


もともとはカレンダーの日付け管理がうまくできずに困っている認知症の方を担当させて頂いたことがキッカケだったんです。


認知症の方って普段のことは覚えていないけど、お孫さんが家に来てくれた時のことは覚えていたりするじゃないですか。あれってその出来事に「嬉しさ」「驚き」「感動」とかが含まれているからだと思うんです。


記憶は感情の部分と深く繋がっているので、リハビリに「感動」や「驚き」を取り入れられないかな、と考えてたらマジックに行き着きました。


その方は予定がある日はカレンダーにシールを貼っていました。でもシールの意味がわからなかった。そこでマジックを通して、マークの意味を考えてもらうようにしたんです。



結果的にその方は2ヵ月で日付管理ができるようになり、無事訪問リハビリは卒業になりました。


●病院と訪問の考え方に違いを感じますか?


僕自身はあまり考え方に大きな違いはありません。ただ病院の患者さんの訴えは「歩きたい」「手が動くようになりたい」みたいにすごく抽象的でした。


在宅の利用者さんは、「とにかく今すぐにできるようになりたい」っていう訴えが多かったんです。


深く掘り下げていくと、実は機能改善が一番の目的じゃなかったりする。


それを知ってからは、今の状態でやりたいことができるようにするには、どう工夫して、環境を調整すればいいかをすごく考えるようになりました。


まさにICFの視点がとても重要だと、病院で働いていたとき以上に感じるようになりましたね。


●理想のリハビリテーションはありますか?


あえて夢とか理想は持たないようにしています。


それよりもやりたいと思ったことをチャレンジする。


とにかく思いついたら即行動を心がけてます。



病院時代、足底板が必要な方がいました。


その素材に足に負担のかからないシリコンが良いんじゃないかなと思ったんです。


シリコン素材を扱っている業種はないかなぁと探していたら女性の下着メーカーを思いついて。


たまたま知り合いがいたので、余ったシリコン素材を分けてもらい、足底板を作ったらうまくいきました。


あの頃、特許を取っていれば、今頃は大金持ちだったかもしれないですね。


●後輩育成において、最も大事にしていることはありますか



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人に興味を持ってもらいたいですね。



僕自身が後輩と積極的に会話(雑談)するようにしています。

人に興味を持ってもらいたいなら、まず自分が人に興味を持つことなので。


何をしている時が楽しいのか。どんなことをやりたいと持っているのか。僕がそれを知ることが大事だと思います。

最初の頃は技術的なことを詰め込んでいくべきか迷いましたがやめました。


僕が学んできた技術は当時の僕が色々なことに悩み、考えた上で学んできたもの。だからそれを後輩に強要したくないんです。


「こうすれば良くなる」みたいな伝え方は極力しないですが、「僕だったらこの利用者さんに対してこんな風に考えるかな」という伝え方はたくさんするよう意識しています。


技術的な部分を教えることがあっても、「触り方はこう!」みたいな決めつけはしません。


触り方や介助方法はその人それぞれなんで、その人に合った一番やりやすい方法で良いと思っています。


ただ、触り方、動かし方を工夫することで、変えられないもの、例えば利用者さんの肩が上がらない、といったことに変化を起こせることは伝えます。


僕たちの触り方や動かし方はあくまで「変えられるもの」ですから。


●今とは違う働き方ができるとしたら、どんなことをしてみたいですか?


起業ですね!!


■インタビューを終えてみて感じたこと



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自分が行うセミナーなどで、よく考え方を聞かれることなどありましたがここまでリラックスして話すのは初めてでした。

そしてこの会社に入職し、経験としてはまだ若いセラピストと言われる年齢にいる自分が発言できる場はうれしいことでした。


後輩には、こんな考え方や活動している先輩がいる。先輩方にはそんな考え方でリハビリに取り組んでる後輩がいるらしい。管理職の方にはこんな働き方をしている職員もいる。みたいに知っていただけることは、私がいち社員として活きることにつながります。



「リハビリは趣味でエンターテイメント」これは私自身の心の在り方として徹底していることです。リハビリを受けている方、運動を続けている方にも同じ気持ちになってくれたらなと感じています。



病院と在宅を経験し一番感じたことが、「リハビリが生活の一部を占めている方が多い」ということ。

「リハビリが趣味」といえる方が増えれば地域で困っている人を、地域で解決していく循環が生まれます。

私たちが地域に出るのではなく地域がどんどん前に出てくれれば、もっともっと楽しく活きている地域が出来上がります。



そこで解決できないことが起これば、私たちプロの出番です。

同じ診断名、既往歴でも100人いれば100通り以上の症状があります。だからこそ私は理学療法士としてもっと自由であり、柔軟でありたい。その気持ちがインタビューを通して更に強くなりました。



最後になりましたが、私の退屈な話を最後まで興味をもって聞いてくださった室之園さんこのような機会を下さりありがとうございました。



楽しい活動がしたい!!方、是非声をかけてください。(原文)


▲キャリアインタビュー記事編集担当より


前半の記事にも触れましたが、リハビリテーションをエンターテインメントとして捉えているからこそ、これだけ色々な発想が沸き上がってくるんだなといった印象でした。


ただ、面白いことをしたい、という発想の根底には、対象者(利用者さんや後輩スタッフなど)にとことん向き合い、真剣に興味、関心を持ち続けているからこそ生まれてくるものだと思います。


この人がどうなれば笑顔になるのか。どんな環境になればこの人らしく過ごせるのか。そういった課題に向き合い続けているからこそ、佃さんと関わる方は心の底から笑った表情を見せておられるんだと感じます。


私の好きな研究者で実業家の落合陽一さんは『「普通は○○」と言ってしまう時点で、思考は停止してしまっている。常識や価値観は変わりゆくものだから唯一解なんかない。その時その時の最適解を出すことが重要』と述べています。


佃さんはこの「最適解」を常に考え続けている方のように思います。

私も佃さんのように、常に「最適解」を考え続けられるようになれるよう精進してまいります。



■職員紹介

氏名:佃(つくだ)彰(あきら)

職種:理学療法士

経験年数:病院5年 訪問3年目

入職年月日:H2741


◆インタビュー及び記事編集担当

心意気実践チーム&泉北事業所:室之園

2019年01月21日

社内メルマガ アクティブ流 2月号 理学療法士 佃(つくだ)彰さん「利用者さんにとってリハビリテーションは趣味であり、エンターテインメント」前編

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「利用者さんにとってリハビリテーションは趣味であり、エンターテインメント」



これは今回インタビューさせていただいた佃さんの言葉です。


確かに佃さんの利用者さんに対する関わりを拝見していると、利用者さんも佃さんも本当に楽しそうなんです。


ただ、この楽しくリハビリする、というスタイルを実現するには様々な紆余曲折や葛藤があったそうです。


いつも笑顔で楽しく仕事に取り組んでいる人は、それと同じ分だけの辛さや苦労も経験していると思っています。


今回はその笑顔の裏に隠された一面も聞いてみました。

インタビューは予想以上に盛り上がってしまったので、今回は前編、後編の二回に分けて配信させていただけたらと思っています。






●今の仕事に至ったきっかけ、経緯は?



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病院勤務時代から健康体操や介助技術指導など地域の活動に興味を持っていました。


何とかそういった活動を仕事でできないかと思い、理学療法士会の活動として色んな所でPRをしていました。


そんな甲斐もあってか、地域の方から直接僕に依頼をくれたこともありました。


でも当時の僕はPTに成り立ての新人です。

地域活動となると病院の信用にも繋がります。

また年功序列制度が色濃く残っている病院だったこともあり、僕が頂いた依頼だったんですが、講師をするのはベテランの先輩PTでした。


他にも様々な病院の厳しいルールがあり、少しずつ病院でできることに限界を感じてきました。


でもまだまだできることはたくさんあるんじゃないかと思い、病院とは関係のない場所で健康体操や介助技術指導など地域の活動を始めていきました。


しばらくは自分の地域から離れた所で活動していましたが、徐々に自分が暮らしている地域で活(生)きるとはどういったことを指すのか。

それをもっと深く知りたいという思いから、地域リハビリテーションの分野で、そして自分が住む地域で働くことに決めました。






●仕事で苦労を感じることはありますか?



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一番苦労するのは書類業務です。

書類でのやり取りでしか連携を図れない人たちに対して、どういった文章にすれば伝わるか。

どんな表現にするとこちらの意向をくみ取ってくださるか、などいつも試行錯誤しています。


そういった部分に集中していると、何でもない部分をミスしてしまい、やり直しの作業に時間をとられてしまいます。


病院時代は院内に医師も看護師もソーシャルワーカーもいたので、直接会ってコミュニケーションをとることができていました。地域ではたくさんの職種の方が別々の場所にいるので、連携がとても難しいと感じています。






●仕事のどんなところに魅力、やりがいを感じる?



具体的に何が魅力かは正直わかりません。

まだまだ理想と現実のギャップが激しい発展途上のリハ・福祉業界ですが、もっと関わる全ての方たちが仕事としても、生活としても楽しく感じられるようになると思って活動しています。

それが実現できた時に初めて魅力を伝えられるような気がしています。


具体的には、いま介護エンタテイメント協会という団体に所属してて、そこの理事をやらせてもらってるんです。

その中に『リハレクバーバーズ』っていう、おばぁちゃんのカツラを被って色んな施設を周ってリハの要素を入れた動きを、レクリエーションを通して伝えていく活動をしています。


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『リハレクバーバーズ』の写真。興味のある方は是非佃さんまでご一報を!

利用者さんには普段の体の使い方や生活に繋がる楽な動き方を。

介護職の方々には介護ってこんなに楽しいんだ。

介助方法も人の動きを理解すれば、こんなに楽に介助することができるんだ、ということを伝えています。






●育児と仕事の両立について教えて下さい!



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仕事が終わるのが7時頃。

帰ってからの時間は目一杯子どもと遊ぶようにしています。

夜からの研修もありますが、家にいる時は必ず一緒に寝るようにしてます。

仕事が立て込んでいれば、朝早く起きてします。

そうやって仕事をセーブせず、子どもともたくさん関われるようにできているのは、家族、責任者の北山さん、同僚の皆さんの協力があるからです。

普通の会社ではこんな風にはできないと思っています。




●奥さんはそんな佃さんの活動に理解してくれてますか?



奥さんは初めの頃はなかなか自分の活動を理解してくれなかったですねぇ。

「遊んでるだけやん!」と言われた時もありましたよ。


活動の様子は前からSNSで発信してたんですけど、最近になって活動に対するコメントがどんどん増えてきたんです。

そうなってからは少しずつ理解してくれるようになりましたね。



●他にも意識して取り組んでいることはありますか?



夜からの研修や休日の活動がない時は家事、育児は奥さんにお願いせず、自分がやるようにしています。

そういったことをするようになったことも、奥さんが理解してくれるようになった理由の1つかなと思います。


でも毎回活動に参加できる訳ではないので、そこはしっかり奥さんと話し合って決めるようにしてます。

そうやって家庭と仕事のバランスをうまく保つようにしてます。

あとは活動自体、あくまで趣味なので、あまりそこに重きを置いてやるとしんどくなってしまう気がしています。

だからたとえ参加できなかったとしてもあまり深く考えずに切り替えるようにしています。






●今の仕事、働き方を教えて下さい!



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4.5日の訪問業務と0.5日のデイ業務。

不定期で依頼があれば、地域の介護施設へ介助指導、地域の集まりの場所で健康体操をさせてもらっています。


また新卒療法士のバイザー業務も自分にとっては大切な仕事の1つです。




●今の働き方で難しいと感じていることはありますか?



これからも訪問の現場を最優先していきたい気持ちはありますが、今の働き方ではなかなか新人療法士の方の顔が見えないので、具体的に指導や助言を伝えることができないのが辛いです。


また介助指導や健康体操なども、今の働き方では定期的に実施することは厳しいです。




●今の働き方に葛藤したり、不安を感じたりすることはありますか?



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訪問件数を少なくすれば、これらの活動を実現できるのかもしれないですが、もっとたくさんの利用者さんと関わりたい。

自分が勉強してきたことを一つでも多く、利用者さんに還元したい。

その気持ちが強いので働き方に対してとても葛藤しています。


また担当している利用者さんが入院になったり、卒業になったりして訪問枠が空いてしまうと、今でもその時間をどううまく活用したらいいんだろう、ととても不安になってしまいます。やっぱり常に動いていたいですねぇ。


時間が空いたのでデイに戻って新人指導に時間をあてようとしたこともありますが、そんな日に限って担当利用者さんが休んでいたり…。そうなるとせっかく空いた時間を有効に使えなくなるので、とても難しいなと感じます。




●自分が思う理想の働き方はありますか?


色んなことを考えずにただ理想だけを言えば、訪問を3日、デイを0.51日にして、残りの11.5日をいま趣味として行ってる地域活動(介助指導など)の時間にあてられるようになるのが一番かなと思ってます。


ただ仕事にする以上、地域活動にも結果が求められるようになります。

僕を本当に必要としてくれている方々が現時点でどれだけいるのか。

それに対してきちんと結果を出していけるのか。

そんなことを考えると、やっぱり今はまだ趣味として活動していた方がいいのかなぁと思ってしまいますねぇ…。






後編(3月号)に続く


■職員紹介

氏名:佃(つくだ)彰(あきら)

職種:理学療法士

経験年数:病院5年 訪問3年目

入職年月日:H2741


◆インタビュー及び記事編集担当

心意気実践チーム&泉北事業所:室之園

2018年11月20日

社内メルマガアクティブ流12月号巻頭言 PT長西克仁さん(松原、主任)

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アクティブクラブでの買い物イベントにて、前列左端がPT長西さん


秋も深まり年末も差し迫ってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

“終わりよければすべてよし”のごとく松原事業所一丸となって日々の業務に取り組んでおります。本当に1年1年があっという間ですね。それだけ年をとったということでしょうか。

私は昨年8月からアクティブ松原の主任を務めさせていただいている長西です。
ブログや社内メルマガではいつも皆さんのコメントやインタビューを拝見しています。各事業所ごとに色があり、活動内容もいろいろなことに取り組まれているのをみて、いつも刺激をいただいています。

今回はメルマガ編集委員の方々から依頼をいただいたので、少し私の自己紹介をさせていただきたいと思います。


私がアクティブに入職したのが2011年で早いもので8年経ちました。
入職した当初は事業所が松原本部のみで、現在各事業所の責任者をされている方々も一緒に毎日訪問に出ているような状態でした。

私はアクティブに入職する前は4年間総合病院で働いていました。毎日毎日入院患者さんを機能面、動作面の評価・治療を行い、状態が回復してくれば退院に向けたカンファレンス、家屋調査等忙しく働いていたことを懐かしく感じます。

しかし病院時代に常にもどかしく感じていたことがありました。
それが病院のリハビリでいくら機能回復を行って退院しても、また病状悪化により戻ってくることでした。

「一体家ではどんな生活をしているのか?」
「訪問のリハビリではちゃんとやってくれているのか?」
「良くなって家に帰っても意味がないじゃないか」
そのような思いから地域に出よう、訪問をやってみたいと思ったのがキッカケでした。

しかしその反面訪問で働くことに対して、不安も強くありました。
「一人でご利用者さまの自宅にお伺いできるのか」
「リハビリ中に急変しないか」
「その際に適切で迅速な対応が行えるのか」などなど。

アクティブではみんなが協力し合って助言もしくは同行を行いフォローできる体制が整っているということはすごく心強く感じながら働いていたように思います。

それからがむしゃらに毎日7〜8件を訪問する日々が、6年続きました。しかし長くなればなるほどいい意味でも悪い意味でも慣れというものが出てきていました。
件数を回る事に必死になり、利用者様のためのリハビリが、いつしか自分のために仕事をするようになってしまっていたのではないかと感じてしまいます。
今あの時の自分を振り返ったときにすごく怖いことだと感じています。

そんなときに昨年、阪東社長から主任の拝命の声をかけていただいたときは、自分に務められるのかという思いより先に、少し自分の置かれる環境を変えてみたいという気持ちが先行し、訪問・デイサービスの責任者という立場を受けさせていただきました。

責任者として約1年半たちましたが、現在でも探り探りで日々を過ごしております。その中で最近自分自身意識して心掛けているのが、「自分を俯瞰してみること」です。

心に余裕がないときほど、周りが見えずいい判断ができなくなってしまいます。そんな時に一度立ち止まって、客観的に自分自身の考え方、立ち回りを見直すことで、冷静な判断や落ち着いた行動ができると思います。

今後の課題としては何事にもプラス思考をもって行動できればと思います。
まあ普通で当然のことのように思いますが、なかなか実行できるものではないですよね。

「忙しい」ではなく「充実している」
「時間がかかる」ではなく「時間の投資」
と少しとらえ方を変えることで気持ちの持ち方も大きく変わると思います。そのように極力マイナス発言を減らし、良いイメージを持ちながら、仕事にも人に対しても向き合いたいと感じています。

松原事業所は紆余曲折ありながら変化しつつ現在を迎えているわけですが、これからも一緒に働いている看護師さん、セラピストの皆さん、介護士さん、事務員さん皆さんのお力をお借りしてより良い事務所づくりができればと考えています。


アクティブ訪問看護ステーション
PT長西 克仁

2018年10月20日

巻頭言 平成30年11月号 PT真鍋章司さん(山ア診療所リハ部門運営責任者)


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大阪事業所だけのオンリーワン屋外イベントのBBQで利用者様と調理するPT真鍋さん(写真右)


山ア診療所のPT真鍋です...と名乗りはじめて今年末で丸3年になります。


最近の私は、今年の7月下旬にアレルギー系疾患に罹って以来禁煙中なのですが、猛暑と禁煙による口寂しさから毎日アイスクリームをバクバク食べて体重が8s増量してBMIが肥満(1度)となっております。今年の健康診断までには改善しておきたいと思います。

私がアクティブ大阪に入職したのは5年前ですが、それ以前から近所に住んでいたのでアクティブの存在は知っていました。

その当時は現在のカフェオーディナリー大阪がある1階にデイサービスリハカフェ大阪、2階にアクティブ大阪訪看事務所がありました。

デイの前を通るたびに”リハカフェって何?”と不思議に思っていました。

私がアクティブに入職した理由は、自宅から徒歩5分で通勤できたからではなく、アクティブの事業内容や阪東社長の人柄・考え方を知ることで、アクティブでなら自分の力では知り得ない経験が出来そうだと感じたからです。

3年前、当時の山ア診療所の常勤理学療法士さんが退職することになり、業務提携する当社アクティブから私が出向するという形で勤務を開始することになりました。

まさか診療所に出向勤務するとは思いもしませんでしたが、阪東社長から出向のお話しをいただいた時は自分でも現状を変化させたいと思っていましたので、良いチャンスをいただけたと思いました。

このような働き方が経験できたのもアクティブならではと思っています。
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私の主な業務内容は、外来・訪問・通所リハビリ業務と理事長の連(むらじ)先生のリハビリテーション科運営のサポート、そしてアクティブから非常勤で出向してくれている新卒採用の療法士さん(主に入職2年目以降)達の指導育成等のアクティブとの提携業務です。

医療機関でのリハビリ業務や運営は前職の経験がありますが、これまで阪東社長をはじめ、アクティブの療法士さん・スタッフさんが山ア診療所・連先生との間で築いてきた信頼関係を損なわないように注意しています。

新卒採用の療法士さんの出向は、各事業所の皆さんのご協力のおかげでこれまで合計11名の方々に出向していただいています。

私自身まだまだ力不足で指導面は不十分ですが、診療所でのリハビリ業務では色々な経験をすることができますので、新卒採用の療法士さんの成長のお役に立てるようにサポート・アドバイスしていきたいと思っています。

診療所が人手不足の際には、阪東社長や大阪のPT中原さんや療法士の皆さんにヘルプしていただいたり、吹田のPT軽部さん・OT伊藤さん、大阪のST村上さん、大正のOT谷川さんには土曜日の非常勤としてサポートしていただいてきました。
この場をお借りしてアクティブ全事業所の責任者さん・スタッフの皆さんのご協力に感謝申し上げます。

理事長の連先生をはじめ、診療所のスタッフさんは皆さん本当に良い人ばかりです。それが山ア診療所の最大のセールスポイントになっていて、患者様は親身になってくれる連先生に診てもらいたくて受診されています。

連先生は療法士の必要性や存在意義を尊重してくれますし、相談しやすい環境なのでとても仕事がやりやすいです。山ア診療所での業務を通じて、私自身も知識・経験が増やせて療法士として成長できたと感じています。

アクティブと山ア診療所が共に地域に必要とされる医療・介護サービスを提供できるように、自分が地域に必要とされる療法士となり、また地域に必要とされる療法士を育成できるようになりたいと思います。1539661550843.jpg

2018年10月18日

社内メルマガ アクティブ流 11月号 木田康恵さん「活動や外出をもっと!『障害があるから挑戦しない』のはもったいない」

職員紹介 
作業療法士(9年目) 木田康恵さん(松原)

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ボッチャに燃えるMさんと。

「やりたいことが叶えば、確実に人は変わります」。
家に閉じこもっていた利用者さんの外出支援を行ってきたOTの木田康恵(35)は明言した。
木田は今までどのようなきっかけで、支援を行ってきたのだろうか。


木田は三姉妹の長女として、医療職の多い家族のなかで育った。
母も祖母も叔母もそろって看護師で、当然のように木田も看護師になることを勧められた。
「反対に医療系にはすすみたくなかったんです」と木田は話した。
幼い頃より、看護師の大変さを母から感じとっていたからだ。
木田の母はほとんど一人で娘たちを育てたが、夜勤が多く、母が不在のときは木田が妹たちの面倒をみなければならなかったという。
自分が看護師になることは考えられなかった。


木田とリハビリとの出会いは、木田自身がリハビリを受けたことだ。
中学校3年生のとき、腕を骨折した。
腕は曲がる。
曲がるのに髪がくくれない。
下着のホックが留められない。
多感な時期であった木田は、担当していた男性PTに困っていることを言い出せなかったという。

それまで伸ばしていた髪をばっさりと切った。
くやしかった。
この経験はリハビリに嫌な印象しか残さなかった。

子どもの頃からの夢は動物関係の仕事。
しかし、現実には好きなことを仕事にするのは難しかった。

何か資格を取りたいと考え始めて、調べて知ったのがOTだった。
骨折したときに自分がまさに困っていたこと、髪をくくるなど「生活動作」をみるのがOTだとわかった。

ビリー・ミリガン(23人の人格をもつ多重人格障害のある男性)の本を読んでいたときに、OTが出てきて、生活動作だけでなく精神分野もOTの専門だということを知った。
「OTについて知っていくうち、オールマイティーな仕事だなあと惹かれていきました」。


専門学校を卒業して、就職したのはほぼ療養型の病院だった。
退院前の在宅訪問も定期ではなく、書類申請をして面倒な許可を得ないといけなかった。
病院の隣にあるスーパーに買い物練習に行くのでさえ、許可が必要。

療養型病院の患者さんは回復するより、亡くなっていく方が多かった。
食べられても、歩けても、亡くなっていった患者さん。
病院と施設を行ったり来たりしながら、弱っていき、亡くなった患者さんもいた。
「何のためのリハビリなんだ」
もやもやした気持ちが胸のなかでくすぶった。

状態が回復し退院しても、転倒して病院に帰ってくる人も多かった。
疑問が浮かぶ。
「こんなに歩ける人がどうやってこけてくるの?」
「病院でできていることが何でできないの?」

患者さんに聞いても、生活がなかなかイメージできなかった。
患者さんの生活を全く見たことがない状態でOTとして働くことに限界を感じた。


学生時代の恩師の誘いもあり、訪問の道にすすむことにした。

訪問を始めて思ったこと。
「みなさん、病院と家の顔が違うんですよね」木田は具体的な誰かの顔を思い浮かべているように言った。
在宅では利用者さんがホーム、医療者側がアウェイ。
在宅に来て初めて、利用者さんたちの素顔が見えたように感じた。

一方で、こんなことばも利用者さんたちからよく聞くようになった。
「病院ではできていたのに。家に帰ったらできひんくなった」

利用者さんの在宅での様子を見ていくうち、在宅ならではの阻害因子があると気づいた。
療養型勤務のときの「病院でできていることが何でできないの?」という疑問が少しずつ解消されていった。

環境調整や方法の指導で変わっていく利用者さんたち。
「『こける回数が減った』『トイレのスピードが上がったから失敗が少なくなった』、ご家族やケアマネージャーに言ってもらえるとうれしいです。OTのやりがいだなと思います」
木田は心からうれしそうに話した。


訪問を続けていくうちに、在宅ならではの悩みをもつようになる。
「どうせ、月曜日には木田さんが来てくれるから」
「木曜日になればデイサービスに行くから」
利用者さんは介護保険のサービスを利用することで満足し、それ以外の時間は家に閉じこもってしまう。

「どうにかしたい」
若い利用者さんが多いこともあり、何か趣味的活動や楽しみをもってほしいと思う機会が増えた。
利用者さんに様々な活動や外出の機会を提案した。
しかし、提案していると「これは自分のエゴかもしれない」という思いが頭をよぎることもあるのだそうだ。
そんなときは自分自身のことを振り返る。

人生で一番ワクワクするのは、ライブに行くこと。
ライブハウスは夢の国。別世界。
今日は行くのしんどいかなと思っても、行ったら、ああ行ってよかったと思う。
ライブは自分を満たしてくれる場所。

他にも、料理教室に行くと、美容室に行くと、充電できる。
日常のちょっとしたことでも、やりたいことをやれば、満たされる。
利用者さんも満たされる機会が必要だ。


木田が担当している利用者のMさん。
リオパラリンピックのボッチャを見て、自分もやってみたいと奮起した。近隣の障害者スポーツセンターでボッチャができると知ったMさんの目の色が変わった。以前からスポーツセンターに通ってはいたが、行っているだけで行く目標を持てずにいたのだという。

ボッチャのためのちっちゃな目標が複数できた。
ボールから力を離すタイミング、手の力の抜き方がうまくなりたい。
そのためには、骨盤を起こし、肩甲骨を動かすことが必要だ。
短期目標・長期目標がお互いに明確になった。
「長く関わっているとどうしても目標があいまいになってくるじゃないですか。ボッチャのおかげでその状態からぬけ出すことができました」と木田は説明した。
Mさんの奮起をきっかけにリハビリテーションも好転したのだ。

Mさんは大会に出場するまでになり、パラリンピックに出場するのを夢に、練習に励んでいる。
自分だけでなく、他の人にもボッチャの楽しさを知ってほしいと、自分たちのチームを作りたいと考えるようになり、「今はボッチャだけじゃなく、水泳の大会にも出るとがんばっているんですよ」と木田が教えてくれた。
木田はMさんの事例を通して、ガイドヘルパーさんを利用し、外出支援することの大切さも学んだそうだ。
Mさんの変化を間近で見守ってきた木田。
「やりたいことが叶えば、確実に人は変わります。障害があるからやらないのはもったいない」
と大きな目をキラキラさせた。


普段の訪問での関わりだけで、外出にまでつなげることの難しさも感じている。
外出のきっかけの1つとなるのが「アクティブクラブ」のイベントだ。

木田が1年目のときのイベントで、ネイルアートを体験し、それをきっかけに、その後、毎月ネイルアートに行っている利用者さんがいる。
ALSの利用者さんの個別の外出イベントで、受診以外の外出が何年もなかった利用者さんと紅葉を見に出かけた。その後、ご家族だけで、桜を見に行くことができた。

「大人数で外出するイベントもいいですけど、本当に閉じこもっている人を個別に外に出すようなイベントをもっとしたいですね」
チーム一丸となって、1人の人を外出させる。
「2018年にはこの人を外出させよう」みたいな取り組みが年1〜2回あってもいい。

「訪問でしかできない活動レベルのアップがあると思うんです。そのコツをつかんでいきたいと思っています」と木田は語った。


木田は今後、いずれ訪問をやめたら、施設か療養型に戻って、訪問での経験を生かしたいと考えているのだそうだ。

一生を病院や施設で過ごす人もいる。
刺激が少ない病院・施設での生活、多くの方が家族の面会もない。
病院・施設での活動のしやすさや楽しさが増えれば。
「ベッドだけの生活を変えたい。だって、そんなのおもしろくないじゃないですか」

病院・施設は在宅と違って、その方が使いやすく改修することはできない。
みんなが使っているトイレをどう工夫してうまく使うか。
その状況で利用者さんの活動レベルを上げていくのは究極の取り組みだと思う。
「それができるからOTっておもしろいです」
木田のことばにOTの専門性の際立ちを感じた。